現代日本は、大都市圏の新築マンションが途方もない金額で売り出され、これを喜んで買い求める人たちがいるいっぽうで、国内の空き家戸数は8‌4‌8万戸(2‌0‌1‌8年)を超えました。所有者が不明な土地は4‌1‌0万ha(2‌0‌1‌6年)と九州全土の面積3‌6‌7万haを上回るに至り、大きな社会問題となっています。貴重な財産であるはずの不動産が、かたや高い評価で珍重され、かたや全く見向きもされずに放置されている。なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。第2章で詳しく述べますが、その背景には、不動産という財産が正常な形で次世代に引き継がれないという「不都合な真実」が隠されているのです。

 人間は誰しも生物であるかぎり死を迎えます。そして幸か不幸か日本では、法制度上において相続というイベントを全員が一生の間に何らかの形で経験することとなります。残念ながら人はいつ亡くなるかを自分で決めることができません。もちろん親がいつ亡くなるかについても同様です。親が亡くなってはじめて相続というものに遭遇するために、相続に対する基本的な認識に欠けている人も少なくありません。その中でもとりわけ不動産については、現預金や有価証券とは異なり、その取り扱いに悩み、「いらない不動産」として持て余す人たちが増えています。本書では相続財産の中でも特に大きな存在である不動産を中心に、相続の実態とこれからの対応を考えていきたいと思います。

 ところで本書を今、手に取っていらっしゃる読者の皆様は、ご自身の親がどれほどの資産を持っているか正確に把握しているでしょうか。ご高齢の方であれば、ご自身がお持ちの資産の全容を、配偶者はともかく子供たちに知らせているでしょうか。そもそもご自身がどのくらいの資産を持っているか、意識して計算している人自体が少ないかもしれません。現金や預貯金はともかく、不動産について資産価値を算出し、理解している人はほとんどいないのが現実です。

2023.03.08(水)
文=牧野 知弘