私も今から3年半前に父親を亡くしました。齢93ですから大往生と言ってもよいかもしれません。その時すでに母親も87歳。父親は遺言書を書いていて「俺が死んだら、開封するように」と母親には言伝してありました。

 相続の世界では、親が亡くなって相続が発生する場合、両親のうちのひとり、たとえば父親が亡くなり、配偶者である母親が健在であるときの相続を「一次相続」と呼びます。そして残された母親が亡くなってあらたに相続が発生した場合、これを「二次相続」といいます。我が家の場合、その一次相続が発生したのが3年半前の出来事だったのです。

 遺言書の開封は、本来であれば家庭裁判所に出向いて相続人全員の立ち会いのもとで行わなければなりません。相続人は、母親、姉、兄そして私の4人です。しかし誰にも父親の財産でのちに揉める可能性がなかったので、葬儀のあと兄が持ち出して、裁判所に行くのも面倒なので皆が集まった実家で開封してしまいました。本当はいけないのですが。

 私はきょうだいの中で、あまり父親には好かれていないと思っていたのでなんだか複雑な気分でした。厳格な父親だったので、下手をすれば遺言書の中で私への説教の一つでも飛んでくるのではないか、それを皆の前で開陳されるのはなんだか恥ずかしい、などと思ったものです。

 しかし、遺言書にはたった一言「私の全財産は妻に相続する」とありました。私たちきょうだいは、母親に全財産が移転することに特に異議もなかったので、その場では「ああそんなものか」でした。

 ところが大変だったのはそれからでした。母親はだいぶ高齢になっていたのと現預金の管理などはすべて父親が行っていたため、父親の資産の全容がなかなか掴めないのです。正式な遺言書として、財産目録をつけるなど専門家の指導の下で作成したものであればよかったのですが、おそらく父親が独自に判断して記したものなので財産目録がありません。家じゅうの捜索が始まりました。預金通帳やキャッシュカードなどはすぐに抽斗から出てきたのですが、有価証券は証券会社から来ている報告書などを頼りに割り出すのに苦労しました。私が忙しいために、兄に頼り切りになってしまったのですが、兄は根っからの技術職で、こうした金融資産、ましてや不動産などの基礎知識は全くない人です。ずいぶん苦労を掛けてしまいました。

2023.03.08(水)
文=牧野 知弘