「諸橋がこの金で、何を売ったか知りたくないか」

 動揺する貞淑な人妻に、止(とど)めの言葉を放つ。

「おまえだ。諸橋はおまえを、百万で売ったんだ。このおれにな」以後、怒濤のごとく、でまかせを並べ立てる。

「おまえの亭主をマスダの幹部に引き合わせて、敷島組が身売りする段取りをつけてやった。その礼がおまえ、というわけだ」

「組の利益を優先させるなら、マスダと手を組むしかないのさ」

 再度、書くが、同じ時刻、夫は南米マフィアのアジトで嬲り殺されているのである。

 人妻の熟れた肉体を存分に蹂躙し、コトを済ませたハゲタカが、最後の仕上げ、とばかりに侮辱する行為も、ここまでやるか、と呆れてしまうあくどさ。さながら、真っ赤な傷口に塩とトウガラシを擦り込み、バーボンをぶっかけるような残酷な仕打ちである。

 その後、ハゲタカはコロンビアからやって来た凄腕の女とやりあい、蹴り足を抱えて地面に叩きつけ、横っ腹に強烈なトーキックを(二発も!)見舞ってKO。当然ながら、相手が女性だろうと手加減は一切無し。

 次いで、ハゲタカの悪行を暴くべく、腕を撫(ぶ)して警視庁からやって来たキャリア管理官に対し、女性記者との不倫を暴き立て、ぐうの音も出ないほどとっちめて返り討ちに。

 当たるを幸いなぎ倒す、ハリケーンのごとき暴れっぷりだが、クライマックスは突然、やってくる。

 マスダと対峙したハゲタカは、日系マフィアとの殺し合いを経て、諸橋真利子と向き合うことに。真夜中、場所はJR中央線の土手の上。夫の形見の拳銃を手に、真利子はハゲタカに迫る。が、意外にも愛憎半ばする切ない女心を吐露し、激情に任せて夫の仇(かたき)にむしゃぶりつく真利子。その後の、衝撃としか形容しようのない展開は、ハゲタカこと禿富鷹秋の真の凄味を伝えて余すところがない。

 わたしは二十年前、この件(くだり)を初めて読んだとき、真利子に対してとった、ほんの一瞬の行動も含めて、ハゲタカの人智を超えた不可解さ、不死身のメンタルと肉体に激しく心を揺さぶられた。そしてその、感動にも似た思いはいまも変わらない。

 ラスト、ハゲタカにしては温かなシーンで幕を閉じるが、それは続く第四作『禿鷹狩り』の、読む者をあまねく驚愕の淵に叩き込んだ大悲劇を際立たせる、ほんの箸休めに過ぎない。

 希代の極悪刑事の乱暴狼藉はまだまだ続く。堪能されたし。

2023.01.05(木)
文=永瀬 隼介(作家)