涙さそう、捨て子たちの生死の記録
フィレンツェの美術館はどこも予約なしには入れない混雑ぶりだが、嘘のような静けさを保つのが、中心部にある「捨て子養育院美術館」。
歴史ある孤児院所蔵のボッティチェリやコンテの聖母子像などの傑作を見ることができる。
でも何より、膨大な数の捨て子たちの記録が全て閲覧でき、一人一人まだ生きているかのように生き生きと伝える設えは圧巻。
昔はここで命を落とす子供も多く、その顛末は涙なしには見られない。まさに捨て子たちの生と死は、人の運命の悲哀を象徴するよう。
どんな美術鑑賞より深く沁み入る、忘れ難き旅の記憶となった。人の人生を辿る旅ほど劇的な心の旅はない。
これほど有意義な時の消費はないとさえ言えるのではないか。
齋藤 薫
美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌で数多くの連載を持ち、化粧品の解説から開発、女性の生き方にまで及ぶあらゆる美を追求。本連載では、旅先で出合った出来事から、姿勢や心持ちの美しさについて綴る。
Column
さまざまな女性誌で活躍する美容ジャーナリストの齋藤薫さんが、旅の中で出会った“美”をきっかけに感じたことを綴ったエッセイ。
文・写真=齋藤 薫〈Karajan's grave in Anif〉