我慢したっていう記憶がない

――すごい(笑)。

 どうぞご放念くださいってやつよ。まあ、そのせいでだいぶ嫌われてきましたけどね。昔、大先輩の杉村春子さんに現場で「へったなの」って言ったこともあったから。

――ええっ!!

 小津安二郎さん(映画監督)の『秋刀魚の味』の現場だったんだけど、何度もNGが出るから、「なんだあ、お昼から来ればよかった」って思っちゃったのよ。そういうように失礼なやつだったわね。

 

 だから、今考えてみると非常に楽なんだよね。振り返ってみても、我慢したっていう記憶がない。頑張ったとか、辛抱したとか、我慢したとか、そういうのはないんだよね。ずーっと、クラゲみたいにフラフラしながら生きてるから。

 あなたも、自分をよく見せようとか、世間におもねるとかしなければ、楽になるんじゃないの? だいたい他人様からよく思われても、事件を起こせば後ろ指さされるものだしね(笑)。

もっと楽なほうに行けばいい

――僕は小学校6年生で不登校になって5年間、ひきこもっていました。自分が不登校だったことを、何かに活かせないかと考えているんですが、どれもこれもうまくいかないんです。(20代・男性)

 計画があると挫折するんだね、やっぱり。私は計画性がないから。

 うちの家族は学歴が低いから、大学っていうのに誰も行ってなくてさ。夢を持つのは大事なことなんだけど、そこに行かなかったからって挫折するのはバカバカしいことじゃない。方向を変えればいいのよ。違う方向に行こうって、もっと楽なほうに行けばいい。

――ただ、この前も成人式に行ったら、友人は大学に行ったり、働いていたり。どうしても自分と周りを比べてしまいます。

 わかるわあ。私もデパートガールを始めた同級生がものすごく輝かしく見えていたから(笑)。不登校の人と同じかわからないけど、4月から花開くような人生が、そのときは素晴らしいように見えたんだよね。

©文藝春秋
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 私は18歳のとき、行くところがなくて文学座(劇団)に入ったの。今もそうだけど、役者なんて先が見えない仕事でしょ。周りが銀行員になったり、大学に行ったりしているのに、自分は何もない。おまけに周りの劇団員はみんなキレイだから。「ああ、世の中に取り残されてるんだなあ」っていう実感は、そりゃあもうありましたよ。今考えればバッカみたいだけど(笑)。

2022.08.23(火)
文=樹木希林、内田也哉子