――方子女王は当初、皇太子裕仁殿下(のちの昭和天皇)のお后候補の1人と目されますが、従妹の久邇宮良子(ながこ)女王に敗れ李家に嫁ぎます。さらに妹の規子女王も山階宮家との縁談が不調となります。ここに至って伊都子妃が狂ったように泣き叫ぶところは読みどころの一つですが、これはフィクションですか。

 本当にあったことです。ヒステリーになって、治療を受けています。そこから雄々しく立ち上がって、お相手を「華族名鑑」から選んでやるわと猛然と調べ始めるというのは私の想像ですけれど(笑)。日記に沿って日常を構築していますから、そんなにでたらめなことは書いていません。

 

皇室制度ははかない存在

――伊都子妃はどういう人物でしょうか。

 後の世の言葉で言えば合理的な人。ご出身である佐賀藩鍋島家が進取の気性に富んでいました。祖父の直正公は日本初の種痘を息子、つまり伊都子の父に施しています。環境が育み、十分な教育も受けた。いろいろ動いてくれて、描き甲斐がありました。

――その伊都子妃は方子さんの嫁ぎ先である李王家の妹や甥の縁談にもかかわります。一方で節子皇后(大正天皇の皇后)による皇太子とその弟たちの縁談も進められていく。そのため、皇族の結婚という大きなテーマになりましたし、さまざまな縁組のエピソードからこの時代の結婚観、皇室観が匂い立ってきます。

 李垠との結婚について悩む方子さんに対して、伊都子妃にこう説かせました。「私たちは皇族という、陛下のいちばんお側にいる者なのです。命を懸けても、陛下をお支えする。この日本という国を守らなければいけない立場なのです」。この時代の認識はこうでした。

 そういえば、『李王家の縁談』を書けたのは『西郷どん!』(2017年刊)の流れがあったかもしれません。幕末の江戸の人たちは天皇の存在を知らなかったけれど、明治の元勲のPR作戦があって、人々の心の中に天皇はすごいという観念が根付いた時代の話です。実はそんなに古いことではない。そう思うと、今の皇室制度がいかにはかない存在で、知恵と力を絞って守らなければ滅びていくものだということがよくわかります。

――時代は移ろい、物語は美智子さまの登場で幕を下ろします。そして眞子さんの結婚がこの間あったわけです。

 いい小説だと、現実が近づいてくることがあります。小説家が時代を見据えた結果リンクするのですが、そういうことがこの作品に起きたとしたらうれしいです。

(取材・構成:内藤麻里子、撮影:深野未希/文藝春秋)

2021.12.05(日)
取材・構成=内藤麻里子
撮影=深野未希/文藝春秋