――本書にも出自によって扱いが違う事例がいくつか出てきます。下々とは隔絶した観念で暮らす様子もよくわかります。
林 ある種はっきりした冷酷な世界です。今の道徳では割り切ることはできない世界があったということです。
方子女王の縁談は伊都子妃主導だった
――そこで展開するのが、方子女王の縁談です。日本に併合された朝鮮王朝の王世子、李垠(り・ぎん)がお相手ですが、この縁談を進めたのが母である梨本宮伊都子妃であるとしたのがこの小説の肝ですね。
林 新城道彦・フェリス女学院大学准教授の『天皇の韓国併合』を読んでいたら、伊都子妃殿下から頼まれて縁談をまとめたという宮内省宗秩寮主事、小原駩吉の講演録が載っていたんです。伊都子妃は日記を書いていて、それをまとめた『梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和』(小田部雄次著)はとても参考になりました。そこに「兼々あちこち話合居たれども色々むつかしく」(大正5年7月25日)と、方子さんの縁談に関する記述がありました。「あちこち」というのは他の皇族に頼んでいたという意味にとっていたんですが、そうではなく内々に進めていたのだと小原の講演録を読んで納得しました。
これまで方子さんの結婚について、日本では韓国併合を進めるための政略結婚で、泣く泣く嫁いだ悲劇の女王と思われていました。そうではない、伊都子妃主導という視点に出合ったことがすべての始まりでした。
資料を見ながら妄想して世界を作っていくのは楽しかった
――その視点があってこそ、内親王の結婚事情が無類の面白さになっています。日々の暮らしから伊都子妃の心情まで、皇族の内側に踏み込んでディテール豊かに描き出しているのは、まさに林ワールドです。
林 私は実は皇族華族フェチで、本もたくさん読んできたんです(笑)。このテーマは自家薬籠中のものといっていいでしょう。資料を見ながら妄想して世界を作っていくのは、すごく楽しかった。
2021.12.05(日)
取材・構成=内藤麻里子
撮影=深野未希/文藝春秋