紙の上での旅は、空間をも時間をも飛び越える。――川上弘美さん
◆『チベット旅行記』河口慧海
明治時代、仏教の原典を求めるために、当時鎖国していたチベットへと旅した僧河口慧海の、旅の記。
前半の旅の部分、そして後半のチベットに入ってからの習俗の記述部分、どちらも巻を置くことあたわずの面白さ。困難で求道的な旅なのに、その語り口の軽妙さが、なんともいえない味となっています。
◆『食べる』西江雅之
世界を旅してきた異能の文化人類学者による、「食べる」ことについての一冊。そもそも「食べる」とは何なのか。あるいは、「食べられる」とは。
実は西江雅之さんとは、十数年前まで、お隣さんどうしでした。たまに近所のコンビニでばったり会う静かなたたずまいの方が、これほどの博覧強記かつ野性を内に秘めているとは、当時も信じられなかったものです。
◆『おくのほそ道』松尾芭蕉
日本で一番有名な紀行文といえば、本書ではないでしょうか。現代語訳もありますが、訳注のついた原文で、ゆっくりと読むのが楽しい。訪れた場所についての短い散文と、俳句。短いからこそ、読み飛ばしたくないのです。
私自身も俳句をつくるので、おくのほそ道のいくつもの場所に行ったことがありますが、今も遊山の場所である場合もあれば、ごくふつうの住宅街である場合もあり、どちらもおもむき深いです。
◆『日本の島ガイド SHIMADAS』日本離島センター(編)
日本のすべての島についての、詳細な解説書。去年、十五年ぶりに新版が刊行されました。
1712頁の中に、島の地図、面積・世帯数・産業・行政・交通などの便覧、また、島のみどころ、方言、島おこしなどあらゆることがぎっしりと密に書かれています。「すべてを見渡す」ことのできる紙の本ならではの喜びが、あふれています。
◆『おばちゃまは飛び入りスパイ』シリーズ ドロシー・ギルマン
ある日突然、昔あこがれたスパイに志願しようと決意した「おばちゃま」が、偶然のはからいによって本当にスパイとなってしまい、世界のあらゆる困難な場所へと旅する、優雅でありながらスリルいっぱいのシリーズです。
今はもう政治状況も変化してしまった国もあまたありますが、それだけに紙の上での本書の旅は、空間をも時間をも飛び越えるスケールの大きいものとなっています。
川上弘美(かわかみ・ひろみ)
1958年、東京都生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業。94年、「神様」で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。96年、「蛇を踏む」で第115回芥川賞を受賞。2001年、『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、07年、『真鶴』で芸術選奨文部科学大臣賞、14年、『水声』で読売文学賞、16年、『大きな鳥にさらわれないよう』で泉鏡花文学賞を受賞。その他の著書に、『ニシノユキヒコの恋と冒険』『古道具 中野商店』『パスタマシーンの幽霊』『機嫌のいい犬』『ナマズの幸運。』『天頂より少し下って』『神様2011』『七夜物語』『なめらかで熱くて甘苦しくて』『猫を拾いに』『ぼくの死体をよろしくたのむ』『三度目の恋』などがある。
文=CREA Traveller編集部