戸田さんが数子役を演じることについて、一部では「イメージが合わない」という声もありました。しかし、10代から60代という膨大な時間を一人の人間として演じきることを思えばこそ、適役だったと言えるでしょう。朝ドラ『スカーレット』で一代記を演じた時点で実力は証明済みですが、彼女は立ち振る居舞いや声のトーン、視線の落とし方ひとつで、人生の厚みを説得力をもって表現できる役者。その圧倒的な実在感が、視聴者を物語の中へと引き込みます。

なぜ細木数子の自伝『女の履歴書』に揺さぶられるのか

 実際、参考文献であろう細木数子著『女の履歴書』と、溝口敦氏が彼女の真実を追った『細木数子 魔女の履歴書』の両方を読み比べた際にも、同じことを感じてしまいました。大事なファクトを知った上でも、正直なところ、自伝である『女の履歴書』は物語として脳内を揺さぶるのです。

 描かれているのは、決して華々しい出来事ばかりではなく、むしろドロドロとした闇の社会を生き抜いてきた人生です。そこに真実がどれほど含まれているかは測りかねますが、「敗戦」という言葉から始まるその自伝は、ドラマの題材として極めて優秀なものでした。

 分極化やフェイクニュース勃興の原因を分析し、物語の「負の側面」を警告したジョナサン・ゴットシャル著のベストセラー『ストーリーが世界を滅ぼす』によれば、「つくられた物語」は、時に真実よりも強力に私たちの脳を支配します。

 私たちは誰もが根っからのストーリーテラーであり、同時に物語という呪縛に抗えない鑑賞者でもある。トランプ大統領が自身のつくりあげる物語(陰謀論)を武器に世界を分断すると同時に熱狂的に繋いだように、数子が語る物語にも、理性よりも感情に訴えかけ、事実を追い越して信じ込ませてしまう力がありました。

 同じ人物を見ていても、物語の紡ぎ方一つでそれは「聖母の軌跡」にも「魔女の履歴書」にもなり得る。

 しかし、だからこそ私たちは問われているのです。差し出された物語を無批判に飲み込むのか、それともその背後にある意図を冷徹に見極めるのか。

 物語の毒に当てられ、現実を見失わないための「審美眼」を持つことは、今や現代を生きる私たちの責務と言えるのかもしれません。

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