浅田 「関八州の大将になれ」なんて巧い事言われて、いざ江戸を見た家康は愕然としたと思いますね。高台と谷地だらけで平地なんて申し訳程度しかない。だから東京の人間って東西南北の方向感覚がないんですよ、高低差のせいで日の出日の入りが見えないから。

 澤田 江戸以降については、京都より東京のほうが歴史が身近に感じられる気がします。柳沢吉保の造った六義園や、加賀屋敷御門だった東大の赤門のように、ここが誰の藩邸だったというような歴史が、現在の街の延長線上にあると思えて。京都や奈良はあまりに時間的に磨かれすぎていて、手が届く感じがやや薄いんです。

どこまでが“歴史”か

 澤田 『大名倒産』の冒頭で、ご自分の子供の頃にはまだ江戸時代生まれのおじいさんが近所に居た、という話を書いていらっしゃいますよね。

 浅田 ここがお二人との違いで、僕にとっては幕末というのはぎりぎり手の届く時代です。東京は戦争でいったん物質的には壊滅した街だけど、文化というのは焼野原になっても滅びない。子供の頃に新内流しとか獅子舞とか、いわゆる門付けといって玄関先で芸をしてお代を取る人たちがちょくちょく来たのを覚えていますから。

 川越 獅子舞って正月以外も来るものだったんですね。

 浅田 三河万歳(まんざい)なんていうのはもっと凄くて、太鼓叩いて家に躍り込んでくる。

 澤田 中まで入ってくるんですか!?

 浅田 元は家康が三河から連れて来た人だから追い払ってはいけないという伝説があって。もう江戸時代の地続きそのもの。こういう体験があることは幕末を書く上では有利だと感じています。

 澤田 大正から昭和へと進んでいく『天切り松 闇がたり』シリーズに関してはいかがですか?

 浅田 これはもう親父や祖父さんが生きた時代ですから、歴史小説という意識はありません。そもそもは東京弁の保存装置になればいいと思って書き始めたんです。

 澤田 『壬生義士伝』しかり、登場人物の方言や時代の言葉というものを非常に重視なさいますね。

2023.01.23(月)
文=「オール讀物」編集部
写真=石川啓次