感情を素直に出すことも社会に対する抵抗になる

――柚木さんの社会に対する怒りを抱きながらも楽しむことを忘れない姿勢、とてもバランスがいいなと思いました。

 いやいや! 私、バランス感覚はないんです。そう思っていただけているとしたら、単に私の喜怒哀楽が異常に激しいからだと思います。でも、感情の起伏が激しい人って今は敬遠されるんですよね。私は「ざけんなよ!」みたいなことを言ったあとも、お菓子を食べればすぐに「美味しい」と思えるのですが、世の中ではメンタルが安定していないと認定されてしまうし、そういう人は今あらゆるメディアでダメな人だとされています。私も『幽遊白書』の飛影や『スラムダンク』の流川楓みたいなクールなキャラになりたかったですが、無理でしたね(笑)。ただ一方で、日本人は感情を抑えないと暮らしていけないのだと思います。だから、私が喜怒哀楽が激しくてもまあ生きていけるのは、特権ですよね。

――たしかに感情を押し殺している人は増えているように思います。現実がしんどすぎて、なにも感じないよう自己制御しているような人もいるのかもしれません。そんななかで柚木さんが感情を素直に出しているのは、社会への抵抗でもあるように感じます。

 そうですね。でも私だけ喜怒哀楽が激しいのは明らかに迷惑なので、みんなもそうなってくれると薄まっていいなと思ってます。私はよくちょっとしたトラブルに巻き込まれるタイプなんですけど、そういうときに少し安心するんです。あ、私もトラブルを起こしてもいいんだと。泥酔した友達を迎えにいくときとか、失恋した友達がギャーギャー騒いでいるときなど、自分も迷惑をかけていいんだと思えるんですよね。

――わかる気がします。なんでも一生懸命で、感情がコロコロ変わって、しっかり騒げるタイプの人って魅力がありますよね。「恋に仕事に大忙し」なドラマの主人公とかも大好きです。90年代に財前直見さんが演じていたような役。

 「お水の花道」(1999年にフジテレビ系で放送されたドラマ)の財前直見さんなんて最高ですよね。時代的に、今改めて観てみるとあまりよくない描写もありますが、もっと評価されていい作品だと思います。あの頃は女性の連帯モノの作品はたくさんつくられていました。その後にくる00年代はジェンダーにまつわることがタブー視され攻撃されたバックラッシュの時期ですよね。だから「大奥」みたいな作品が流行るような時代が続いて。

――たしかに00年代は一気に作品の流れが「女VS女」に変わりましたよね。柚木さんが最近観たコンテンツでおもしろかったものはありますか?

 ちょうど今、子どもと60年代の「ウルトラマン」シリーズを観ています。CGもない時代なので、全部が手作りで、可愛いな、と思ってしまったりもするのですが、その真面目さに引き込まれる。製作者が本気でつくっていることが伝わるので、こちらも本気で観ることができる。気ぐるみや模型を前にしながらも演者は死ぬ気で熱演しているわけですよ。みんながハマる気持ちがわかりました。だからこそ、女性群像モノのラブコメも、「どうせ女性視聴者はこういうのを見せておけば喜ぶんでしょ」という舐めたものをつくるなよと思います。本気でやってほしい。「ゴツン★」(こぶしを軽く頭に当てる)みたいな所作ひとつにしても本気でやってくれていたのが、90年代の財前直見さんですよ。私も真剣にやろうと思いました。

――今の時代に財前直見さんの話ができたこと、とても嬉しいです! 柚木さんの言動にもかつての名作の主人公のように「本気」を感じます。今年、原作者として映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めるステートメントをSNSで発表されていましたね。何かに対して声を上げたり連帯する上で意識したことはありますか?

 まず、声を上げた人が弱者、被害者、マイノリティの場合。それは本当に声を上げただけで十分偉大なことだと思います。それよりも、マジョリティ側がどう連帯するかが問題です。映画業界で問題になった性暴力・性加害に対して、原作者連盟で声明を出したのはその意志を示すためです。この件は好意的に報道され、同様に俳優さん方も声を上げるなどいい結果を生むことが出来たと思います。

 しかしあれができたのは、私たちが直接的な関係者ではなく、あの件にかぎっていえば、ほぼ部外者だったから。実際に映像業界の渦中にいる人間だったら、声は絶対上げにくいはずです。だからこそ、なにかおきたら、当事者にばかりアクションを求めるのではなく、その件に関しては直接の被害を被ってない側こそがしっかり声を上げることが大事。それは、「お前当事者じゃないじゃん」と言われてもです。当事者は「つらい」と声を上げるだけで立派ですよ。あとはマジョリティ側ががんばらなくてはいけないと思っています。

柚木麻子(ゆずき・あさこ)

作家。1981年東京生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を、2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『BUTTER』(新潮社)『らんたん』(小学館)など多数。

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2022.10.21(金)
文=綿貫大介
写真=平松市聖