どうしてトルコにブックカフェをつくったのか

2015年12月に行われたクリスマスバザーイベントの様子。各国から参加者があった。

「ここに来たときは、妻と二人の子ども、そして母を抱えていたのに3,800ドルしか持っていなかった。最初の一年は、グラフィックデザイナーとしてがむしゃらに働いたよ。そしてある程度お金がたまってから、2015年7月にここをオープンしたんだ。どうしてこのような本屋を開いたのかって? きっかけは、トルコに住む多くのシリア難民に、アラビア語書籍を行き渡らせたいということだった。だけど僕はなによりも、トルコや世界に広まるシリア難民のイメージも変えたかったんだよ。

 シリア人はみんな貧しく、誰かに助けてもらわないと生きていけない、そう思われているからね。それから、ここはシリア人作家、アーティストなどが集う場所になっている。彼らがここでそれぞれの特技を生かしたイベントを行うことで、トルコや世界とつながることのできる、いわば文化のかけ橋のような場所を立ち上げたかったのもあるんだ。イベントは無料だし、あらゆる国の人が来てくれているよ。

 だけど、雇われているシリア人にはきちんと支払いをしている。生きて行くために雇用されることは、我々シリア人コミュニティにとってとても大切なことだからね。そんなわけで、ここの売り上げは本代とコーヒー代だけなんだけど、結局毎月赤字だよ。僕はグラフィックデザインの収入をここにつぎ込みながら、いわば一つのプロジェクトとして、ここをやっているんだ。とてもリッチな人間だと勘違いされているけれど、そうじゃない。僕は、自分の考え方を信じてやっているだけのことなんだ」

カフェ階で常連さんの相談にのるサメル氏。
シリアと国境を接するトルコは、世界最大3百万人以上のシリア難民を受け入れている。国境沿いの町には、彼らのように地雷地帯を歩いてトルコに不法越境するシリア人が後を絶たない(トルコ・キリスにて)。

 時々額にかかる前髪をかき上げながら静かに理想を語るサメル氏は、確かに私たちのもつシリア難民のイメージを払拭するものがある。内戦がおわったら、早くあの美しいシリアに帰りたい、というサメル氏の夢がかなう日は、まだそれほど近くないかもしれない。だけど、彼が今住むイスタンブールにこんな素敵な文化スポットを立ち上げてくれたおかげで、私たちの方がシリア文化に触れる機会を提供してもらっている。

 誰かの支援を受けるばかりではなく、むしろこうした形で他の誰かに貢献できることが、長期にわたって避難生活を送るシリアの人々にとってむしろ重要だということが、彼の理想にかけるたゆみない努力から感じられる。

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所在地 Ayvansaray Mah. Kariye Çk No:5, Fatih İstanbul
電話番号 212-531-0185
営業時間 11:00~22:00(日曜 14:00~)
http://www.pagesbookstorecafe.com/
※イスラムの祝日期間は1・2日目休業

安尾 亜紀 (やすお あき)
イスタンブール在住。イスタンブール大学大学院女性学研究所卒。女性誌から料理誌、報道関係まで幅広い分野でライター・コーディネーターを担当。トルコの「おいしい・楽しい・新しい」を中心に、さまざまなメディアで情報発信中。

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文・撮影=安尾亜紀