――がんで死を目前にした真理という人物を描くにあたって、監督ご自身は「死」をどのように捉えていましたか。亡くなられた原作者のお一人である、哲学者の宮野真生子さん自身が死に直面されていながら、書かれていたわけです。哲学というものは「人はどう生きるのか」が大命題なのだと思いますが。
死を意識するのはやはり難しいです。子どもの頃は死が怖い時期があっても、どうもすぐには死なないらしい、となっていく。もし子どもの頃のような恐怖をずっと抱え続けていたら、何もできなくなってしまう気がします。
だから、死から照らして生を見るということは自分もあまりしていませんし、書簡集の前半では宮野さんも「それは嘘くさい気がする」というようなことを書かれている。
ただ、病が進行していく中で、宮野さんは哲学者として自分の体験すべてを言葉にしようとしていて、そのことを自分で「哲学者の業」とまで言う。
宮野さんの生自体が、人はこのように生き得るという証明になっています。そのことが「お前はどう生きる」という問いになって迫ってきます。
原作の書簡は宮野さんが亡くなられる前にきちんと完結していますが、最終的に読後感として残るのは、死よりも圧倒的に「生」の方なんです。
「いのち」というものの力が深く刻み込まれている原作だと思っていますし、映画『急に具合が悪くなる』も最後の最後まで、生きることの物語であり続けたいと思っていました。
――「よりよく生きる」という前向きなものを感じて、映画の終わりもとても爽やかに感じました。また、映画の中で、真理とマリー=ルーが「資本主義とは中央が周辺を食い尽くしていく構造だ」というような内容を語る場面が印象的でした。現在の日本では特に都市と地方、中央とそれ以外というものの格差が広がっていますが、監督ご自身も、中央と周辺ということを意識されていたのでしょうか。
映画の中では「今ここ」と「外部」という言い方をしています。これは、単純に都市と地方という話ではありません。ただ、自分が東北でドキュメンタリーを撮っていた頃に強く感じたことがあります。全国ニュースとして流れているものの多くが、実は単に東京のローカルニュースなんだということに、その時気づきました。
東京で10年以上過ごした後に、東北で2年ほど過ごしたんですが、その時は自分の感覚も少し変わってきて、「それは東京の話であって自分たちの話ではないな」と思うようになる。でも、そんなことは東京にいるときはまったく考えなかった。都市や中央にいることは非常に便利です。でも、実際にはそこでものすごく何かを奪われていたりとか、そういうことがあるのではないか。東京から距離を置いたことで、そうしたことを考えるようになりました。
――濱口監督の映画はいつも音響が素晴らしく、だから読者の方にもぜひ映画館で観てほしいのですが、今回は音響を含め、多くのスタッフが海外チームだったそうですね。初めての経験で戸惑ったことはありましたか。
きっとあったんでしょうが、それがフランスだからなのか、映画制作そのものの問題なのかは、あまり区別がついていないですね(笑)。
音響のスタッフはベルギーのチームだったのですが、音づくりに関しては日本との違いがありました。あちらはサウンドレコーディスト(録音)、サウンドエディター、サウンドミキサーの三段構えです。
録音した音をサウンドエディターが整理し、必要な音を配置していく。そして最終的にサウンドミキサーが一つの世界として仕上げる。
僕にはその経験がなかったので、エディターが音ネタを配置した段階では「これで大丈夫なんだろうか」と思いました。まだミックス前なので、本当に音素材が並んでいるだけの状態に聞こえたんです。「音が全部浮いていますけど大丈夫ですか」と、かなり困らせた気がします(笑)。
でも最終的にミキサーのトマ・ゴデールという人がミックスしたものを聞くと、本当に一つの世界として調和していた。見事だな、こういうやり方もあるんだなと思いました。
――試写では、上映時間が長いので「途中でトイレに行っても大丈夫です」とアナウンスがありました。その場合はもう1度観てほしい、とも(笑)。
そうですね。トイレの我慢はよくありませんから、優先していただきたいと思っています。もし、それで見逃した部分が気になれば、是非ご覧いただきたいですね(笑)。
» はじめから読む
『急に具合が悪くなる』
6月19日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
パリ郊外にある介護施設「自由の庭」の施設長マリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)は、ユマニチュードという手法を取り入れて人間らしいケアを目指しているが、周囲の理解を得られずにいた。日本に留学経験のあるマリー=ルーはある日、日本人演出家の真理(岡本多緒)と出会い、彼女が演出する吾朗(長塚京三)の演劇を観に行く。同じ名前の響きを持つ二人は、人生について、社会について、一晩中語り明かすが、がんを患う真理の具合は急速に悪くなっていく。
