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命のすべてを内包したコースが始まる

 さて、いよいよコースが始まった。まずは「ELEZO」がオーストラリアのクイーンズランド州で専用に遣っているスパークリングワインで乾杯。最初に登場したのは、鹿のコンソメだ。

 この小さな一杯には「一頭の命すべてに責任を持つ」という彼らの哲学が現れている。素材となるのは、肉をとった後に残る鹿の骨や筋。通常であれば捨てられてしまう部位も、余すことなく一滴の琥珀色のスープにしてゲストに提供する。どこまでもクリアで滋味深い味わいは、口に含めば余韻長く旨みを感じる。季節によって餌が変われば骨であっても、もちろんその変化を反映し、微妙に味が変わるのだそうだ。

 続くシャルキュトリの盛り合わせも、同様のメッセージが込められている。放牧豚や軍鶏のパテは低需要部位を生かしたものだし、鹿の血はブーダンノワールになって登場。直腸などの内臓はサラミのケーシングとして利用されている。

 そんな背景も料理がおいしくなければ説得力はないが、目の前の料理はどれも文句なくとびきりおいしい。どんな部位だろうと、やはり健全な命から適切な技術によって肉になったものは、雑味がなく旨みと香りを感じる素晴らしい食材なのだと、まざまざと感じる。その肉を「一滴の血、一片の肉まで“最高のラインに引き上げること”が、料理人である以前に、人間の在るべき姿勢だと考えます」とキッパリと話す佐々木さんが、確かな技術で最適に料理しているからこそ生まれる味わいなのだ。

 コース4品目、軍鶏の料理も、肉の違いがよくわかる一品だった。藁で軽く炙り、香り付けしたむね肉は、軍鶏の出汁のソースで。しっとりとしたむね肉は、繊維が細かいが咀嚼するたびに、生き生きとした弾力と旨みを感じる。もも肉はその筋繊維を生かしてハムに。むね肉よりもさらに力強い味わいと旨みの濃さを湛えている。軍鶏は自社の牧場のそばで180日間平飼いにして育てたものだそうだ。青空のもとで自由に走り回った軍鶏たちの健やかさが、味わいを通して伝わってくる。

 5品目のサルシッチャ、ベーコンと北海道・豊頃町の白インゲン豆との一皿は、まさにその季節の十勝の大地を表しているかのような味わい。小粒ながらほっくりとした豆に、燻製をかけてないベーコンとサルシッチャからでた出汁と脂と香りが染みて、この地が育む植物と動物の命が融合し、恍惚としてしまう一皿だ。

 前篇でも触れたが「ELEZO」のシャルキュトリは、抜群においしい。このベーコンも惚れ惚れする味わいで、てっきり海外で経験を積んだシャルキュトリ職人が作っているのかと思いきや、さにあらず。シャルキュトリもすべて自分たちで編み出した独自の手法で作っているのだという。もちろん基本はいろいろな文献などを参考にしているが、そのセオリー通りにやっても素材の肉も違えば気候も違うから、目指す味わいにはならない。だから試行錯誤を重ねて独自の方法を編み出し、生ハムなどを熟成する菌も自然と十勝由来のものが定着した、と教えてくれた。自分たちが作る肉の声を聞きながら、十勝の気候に寄り添い、何度も何度も繰り返し作り続けたことで辿り着いた味が、「ELEZO」の個性として滲み出ているということだろう。

 どこまでも、どこまでも、命が生まれる大地と自然に寄り添い、敬意を払い、素材を一つ上の価値へと昇華していく……。肉を作っても、シャルキュトリを作っても、料理をしても「自分たちが誇る品質の肉を最高ラインに引き上げる」という信念はまったくブレない。その世界観は、料理を食べ進めるごとにどんどん輪郭を強くしていく。

 コースの6皿目、コースのクライマックスともいえるジビエが登場した。この日は3歳のメスの鹿の背肉とセルヴェルの一皿だ。「牧草地に住んでいるか、森の中に住んでいるかで鹿の味も違います。森の中の鹿は笹を食べているから、ちょっとワイルドな味がしますね。今日は山の中で獲れたものです。付け合わせは土っぽい香りのごぼうや芋を合わせました」と佐々木さん。

 まずは背肉を一口。中までしっかりと温かいのに、芯の色はレアのような真紅で、柔らかい肉を噛み締めると清らかな鉄分の甘み、旨み、みずみずしさが口に広がる。ああ、肉が生きている。思わずそんな声が漏れてしまう。それは命そのものを思わせる味だった。

 最後のデザートのコンポートをいただきながら、カウンター越しに佐々木さんと話していると、最後にこのオーベルジュを作った思いを教えてくれた。

「食物連鎖の頂点は人間。自然を生かすこともできれば殺すこともできる。いただいた命に想いを馳せてもらう、こんな場所もあっていいと思うんですよね。だから、ここはオーベルジュといっても単純にリラックスすることを目的に来ていただく場所ではないんです。あくまでも僕たちの生産から料理までを通して伝えたいメッセージを、よりヴィヴィッドに感じていただくための場所。だから基本連泊は禁止(笑)。ゆっくりと料理を味わってもらって、この自然のなかに身を委ねて一晩過ごしてもらう。そこでなにか感じていただけたらいいなと」。

 気持ちのいいベッドでぐっすりと眠った翌朝、部屋から出て、散歩がてら灯台の麓の丘から海を眺める。

 水平線までつづく海原を見つめていたら、ふと、この大津という場所は北海道のなかでも唯一民間が開拓した土地だと聞いたことを思い出した。ならば、食肉の世界に今までにない一石を投じた業界の開拓者、食肉料理人集団「ELEZO」にとってここほどふさわしい場所はないのではないだろうか。そして、誰も歩んだことのない道を開きながら、業界を引っ張るその姿は、海を照らす灯台のようだ。

 そうか、そうだったのか。まさに、この地にオーベルジュを作りたい、そう思った佐々木さんの真の思いは直接聞かずとも、すっと心に入ってきた。

 十勝の地で、ジビエや肉を通じて“食べる”ということを見つめる一泊二日の滞在。ただおいしい食事をするということだけではない、命に向き合う濃密な時間がここにはあった。

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ELEZO SPIRIT

所在地 北海道中川郡豊頃町大津127
電話番号 070-1580-1010
http://esprit.elezo.com/

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2022.12.20(火)
文=山路美佐