「お宅のあんこ分けてくれへんか」
と言われて

小豆の色を自然の光で確認できるよう、頭上には天窓が。こわれては直しながら使い続けている古い道具や機械は、「博物館級」と機械屋さんに笑われたこともあるそうだ。
小豆が煮えたところ。小豆の煮汁は、道具を洗うときれいに汚れが落ちるので、捨てずに少しとっておくそうだ。調べたら、小豆を茹でた時に出る泡を、江戸時代には「シャボン」と呼んで洗剤として使っていたらしい。

 変えなければ、変わらない。実際、昭和55年(1980)頃まで、京都市北部にある北山杉の一大産地、周山(しゅうざん)から5トントラックで運ばれてきた薪をくべ、その火であんこを炊いていたというから、恐れ入る。

「炊いてましたねえ。深夜の2時3時から、薪くべ専属の人に来てもらって。運ばれてきた木材にクワガタムシがついているのが嬉しかったのをよく覚えています」

 そんな旧きよき製あん所の姿をとどめる[中村製餡所]に、ちょっとモダンなスタイルの「あんこ屋さんのもなかセット」が登場したのは、平成12年(2000)のこと。

「うちは、今も基本的には、和菓子屋さんなどへの卸がメインです。でも昔から、ご近所の方なんかに、お宅のあんこ分けてくれへんか、と言われることが多くて。じゃあ、うちのあんこをもっと手軽に食べてもらえる形はなんだろう、と思って作ったものなんです」

 職人気質の中村さん、同じやるなら、と最中の皮にもこだわった。

「全自動で焼いた皮は香ばしくないんですよね。口にへばりつくし。最中の皮のことを僕たちは『種(たね)』と言うんですが、今うちで使っている種は、職人のおじいさんが、一枚一枚手焼きで焼いておられる種屋さんのものを仕入れています。でも、しんどそうでね。万が一できなくなったら、うちが修業して継ぎますよ、って言ってるんです」

 どこまでも職人サイドな思考回路の中村さんなのだった。

「やっぱり、あんこが大好きなんですよ。あんこを見たくもない、なんて和菓子屋さんもいるって聞きますけど、自分が好きでないとおいしいものが作れないと思う」

 朝食は、家族全員、一日も欠かさず小倉トースト。小学生の時、友達に変な顔をされて、初めて自分の家だけだと気づいたそうだ。

 〈追記〉「あんこ屋さんのもなかセット」は現在、数量を限定せず、常時販売されています。

中村製餡所(なかむらせいあんしょ)
所在地 京都府京都市上京区一条通御前西入ル大東町88
電話番号 075-461-4481
営業時間 8:00~17:00
定休日 日・水曜
※あんこ屋さんのもなかセット(粒あん、こしあん、白こしあん各500g) 1,100円
※通販可

姜 尚美(かん さんみ)
1974年京都生まれ、在住。「Meets Regional」「Lmagazine」などの雑誌編集部を経て、2007年よりフリーランスの編集者およびライター。他の著書に『京都の中華』(幻冬舎文庫)、共著に『京都の迷い方』(京阪神エルマガジン社)がある。

『何度でも食べたい。あんこの本』
みずみずしいあんこ、ふわふわのあんこ、ジャンクだけれど泣きたくなるあんこ……あんこが苦手だった著者が「手のひらを返すように」開眼し、京都、大阪をはじめ、全国36軒を訪ねたあんこを知る旅。小豆の旨さの活きる菓子と職人達の物語がぎゅっと詰まった一冊。7年半分の「あんこ日記」も特別収録。

姜 尚美・著
本体850円+税 文春文庫
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