バルセロナの巨匠建築家が豪華さを競ったわけ

 ドメネック・イ・ムンタネーをご存じだろうか? 日本ではそれほど知名度は高くないものの、ガウディと同時代に活躍したカタルーニャ・モデルニスモを代表する建築家のひとりである。名前は知らなくても、カタルーニャ音楽堂やサン・パウ病院の設計をした人といえば、ピンとくる人もいるかもしれない。イェオ・イ・モレラ邸は、そのムンタネーが作った個人邸宅だ。

イェオ・イ・モレラ邸外観。1階部分にはスペインを代表するブランド、ロエベが入っている。2階中央部分、ガラス張りで丸く張り出しているのがいわくつきのバルコニー。市の規制を破ってでも、アマトイェール邸のバルコニーよりもっと張り出すような設計をさせた、といわれる。(写真提供:Casa Lleó i Morera)
イェオ・イ・モレラ邸のエントランス。素晴らしいモザイク装飾と、クラシックなエレベーターが目を引く。

 バルセロナに行ったことのある方なら、グラシア通りにあるロエベの入っている建物、といったほうが分かりやすいだろうか。今回は、モデルニスモ建築の個人邸宅のなかでもひときわ美しいとされる、このイェオ・イ・モレラ邸をご紹介しよう。

 時は20世紀初頭、経済的・社会的に力をつけたバルセロナの新興ブルジョワジーは、街を代表する大通りのひとつ、グラシア通りに競って邸宅を建設していった。ガウディのバトリョ邸やミラ邸、そしてこのイェオ・イ・モレラ邸もそのひとつだ。いずれの建物も凝ったデザインのファサードを構え、自分たちの経済力を誇示したいという施主達の意気込みが見てとれる。

 これらの邸宅ではサロンの窓が大きく取られていることが多いが、これは、邸内から通りを眺めるためだけではなく、外から室内の高価な調度品、着飾った住人や客人が見えるように、つまり豊かな生活スタイルを「見せつける」ためのものである。

ドアを入ってすぐの玄関ホール。亡くなった次男をしのんで作らせた彫刻の数々が壁面を飾る。作者はカタルーニャ音楽堂の彫刻も担当したエウセビ・アルナウ。

 イェオ・イ・モレラ邸の外観で一番目立つ、大きく張り出した円形のガラス張りバルコニーもその表れだ。一説によれば、同じブロック内にあり一足先に完成していたアマトイェール邸のデザイン(こちらも著名な建築家プッチ・イ・カダファルクの作)が話題になっており、施主であったフランセスカ・モレラ・イ・オルティスはそれを負かすために、アマトイェール邸のバルコニーよりももっと張り出した設計を依頼したという。そのため市の建築規制を破ることになり、かなりの罰金を払わされたようだが、それでも構わなかったらしい。

 ただし、このフランセスカ・モレラ・イ・オルティスは建物の完成を待たずに亡くなったため、その後を引き継いで完成後の邸宅に住むことになったのは、息子のアルベルト・イェオ・イ・モレラ一家であり、邸宅の名称もここからきている。

左:間仕切りにもガラスを使用した、来客用サロンの一角。明るく軽やかな印象。
右:来客用サロンから、玄関ホールをはさんで反対側のプライベートスペースを望む。高い天井には、金箔を使った装飾が。手前のドアは、スライド式の引戸になっている。

文・撮影=坪田みゆき