「昔は、大人になったらオタクは卒業するものだった」

――面白がられている時点で“世間”から見たら異物ではあります。

 一方、2010年代には、女性のエッセイストの方やマンガ家さんが自分や周囲のハマっているものについて語る流れがありました。雨宮まみさんが女子プロレスについて書かれたり、はるな檸檬さんの『zucca zuca』や竹内佐千子さんの『おっかけ!』があったり。あるいはK-POPやEBiDANについて書いていた少年アヤちゃんさんや、2010年代半ばくらいでしょうか、エッセイではなく動画やSNSで“オタクあるある”的なネタでバズる9太郎さんやあくにゃんさんなどもいて、女の人が共感できるような視点からの語りは結構ありました。でもそれらは基本的には「世間からはちょっとズレているかもしれない私たち」という構図だったと思います。CDショップや100円均一コーナーでアイドル応援グッズを売るようになったのもこの時期だと記憶しています。

 2021年になったらコカ・コーラという大企業の地上波CMに、広い意味での“私たち”、つまり推しがいるオタクの女性が出てきた。CMって好感度の世界じゃないですか。好感度がないものはCMに出られないはずで、だからあれを見たときにすごくびっくりしたんですよね。同年に『あさイチ』(NHK)が推し特集をやったり、その前年に『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)が芥川賞をとって話題になったり……と、推しがいるオタクの存在がこの時期に市民権を得ていったととらえています。

――そうした動きを見ていて『推し問答!』を書こうと?

 そうですね。2022年あたりから、Twitter(現X)で「推し活」という言葉の解釈をめぐる議論が目につくようになりました。「もともとはちょっと頑張りすぎてしまうオタクが自嘲的に使っていたものでは」という人もいれば、「推し活ハッピー!」みたいな人もいる。あるいは「その程度では“推し活”といえない」といった話が出てきたりもして。当たり前ですけど、正解はないじゃないですか。だからいろんな人に、それぞれの推し・推し活像を聞いてみたいと思ったのが発端です。

 それで2023年1月から連載を始めたんですが、その頃にはいよいよ世の中で「推し活は良いことです」という風潮が強まっていた。「推しを見すぎて目が疲れたらこの目薬」とか「推し活に適した機能を搭載した全録レコーダー!」といった広告類も増えて、消費行動と推し活を直接的につなげる動きも前面化してきていました。これはいよいよブームとして水位が上がりきったな、と連載中に感じていました。

――本書の中では何度か「昔は、大人になったらオタクは卒業するものだった」という話が出てきます。藤谷さん自身もお母様から「27歳までにはやめたら?」と言われていたそうですね。

 従姉妹が地元のヴィジュアル系バンドにハマってて、そのバンギャグループの最年長が27歳だったんです。それで「従姉妹の◯◯ちゃんは27歳になったら辞めると言ってるけど、あなたは?」って母に言われて。私自身も「27歳まではやってないだろうなぁ」と思っていたら、今43歳です(笑)。

 本書でジャニオタの女性芸人・松本美香さんが「中学生の頃、女子大生の光GENJIファンに会ったとき『大学生になっても光GENJIを追いかけているんだ』とびっくりした」というエピソードを話してくれているんですが、その気持ちはすごくわかるんです。「いつまでもそんなことやっていないで」という雰囲気が社会にありました。

2024.04.02(火)
文=斎藤 岬
撮影=平松市聖