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未來さんにも同じ船に乗ってもらおうと

――森山未來さん演じるバンドマン・ヒー兄は、ぶっ飛んでいるけど圧倒的なカリスマ性を感じるキャラクターですね。GEZANと深い関わりがあった実在の人物をモデルにしているそうですが、なぜ森山さんにオファーをしたんですか?

 ヒー兄という危うい存在を描いていくとなった時に、やっぱり狂気が絶対に必要だと思ったんです。しかも、白黒はっきりつかないような、曖昧なグラデーションがずっとあるような存在で。そういうことを立体的に捉えられる人をと考えた時に、未來さんっていう人は、最初から頭の中に出てましたね。

 未來さん自身、ダンスをやったり、芝居をやったり、自分の体をもって、ずっと世界と対峙し続けていて。光でも影でもない曖昧な気持ちを演じ分けてきた人だと思うから、同じ船に乗ってもらおうと。

――マヒトさんは映画のオフィシャルサイトで、森山さんと佐内さんについて「瞬間に対しての切実さ、そして効率の悪い生き方は信頼できる」とコメントされていましたね。

 例えば、ちゃんと起承転結があるドラマにしたい場合は、要素をクリアにすればするほど、観客の感情を誘導しやすいと思うんです。だけど、人の死とか生きることって、そんなに簡単にカテゴライズして言い切れることじゃない。その曖昧さを、未來さんと佐内さんは持っていて。自分も含めてちゃんとそこで迷える人、一緒に混乱できる人に、共犯者になってほしいなと思ったんです。未來さんと佐内さんは“詩”が読める人だから、信頼してますね。

 試写を観た友人が「誰も芝居してないね」という感想をくれたんですが、それがすごく嬉しくて。もちろん役者は芝居をしているし、脚本は全部俺が書いたものなんだけど、『i ai』のセリフには詩的な表現が多いので、その人のものにするのって難しいと思うんです。言葉が先行して体が追いついてないみたいなことって、他の映画を観ててもいっぱいあるから。その辺は、演出で一番大事にしたポイントかもしれません。

――具体的には、現場でどのように演出しましたか?

 現場で全部を説明はせずに、詩は詩として投げて、解釈はその人の中でどう解けていくのかを観察しました。それよりも、詩がその人に解け込んでいく時間が必要だと思ってて。口を動かしてセリフを言うのは誰でもできるんだけど、詩がちゃんと血に解けるかどうか。役者がどうやって生きてきたかが、やっぱりフィルムには映り込むから、その時間の経過を共に過ごしました。

 未來さんや瑛太くんとも、撮影中はもちろん、飲みに行って人生の話をよくしていましたね。監督から役者に「こうしてほしい」と一方通行的に伝えるんじゃなくて、話したり飲んだりする過程で、空気が解けていくグラデーションを大事にしました。

2024.03.11(月)
文=石橋果奈
撮影=平松市聖