作風を限定することに抗うような多彩な作品群

左:アンディ・ウォーホル 「牛の壁紙(黄色にピンク)」 1966年(再プリント1994年) アンディ・ウォーホル美術館蔵 (C) 2014 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / ARS, New York
右:アンディ・ウォーホル 「$9」 1982年 アンディ・ウォーホル美術館蔵 (C) 2014 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / ARS, New York

 アメリカにおける現代美術の市場が急速に拡大していった60~70年代(コレクターやギャラリー数は10倍になったとされる)、「新参」のコレクターでも、よく見知ったモチーフには親しみや価値を感じることを、ウォーホルは確信していたのだろう。さらにウォーホルは、絵画の支持体として用いられてきたキャンバスに、版画の技法であるシルクスクリーンでイメージをプリントしたり(シルクスクリーンによる《毛沢東》は300点以上の複製にそれぞれ少しずつ手を入れ「オリジナル」な作品にしている)、以前絵画として発表したイメージをプリントして大量に複製したり、複製可能な版画より、唯一無二の存在である絵画の方が上位、という美術の世界のヒエラルキーを混乱させていく。

 作品の「大量生産」を支えたのは、多くのアシスタントたちが働く、「ファクトリー」と呼ばれたスタジオだった。ウォーホルのアイディアと指示の下に制作、さらに取捨選択され、最後にサインが入ることで完成した「作品」は、それが絵画であろうとなかろうと、価値を認め、求める人々がいる限り、市場の論理に従って高額で取引された。そうした状況を、ウォーホルは「ビジネス・アートは芸術の次に来る段階だ」と表現している。

会場風景。ジャン=ミシェル・バスキアとのコラボレーション作品。

 70年代以降、スタジオはもはや「ファクトリー」ではなく「オフィス」と呼ばれ、顧客たち(料金さえ払えば「セレブリティ」である必要はない)からの注文に従って制作される「注文肖像画」──モデルを撮影したポラロイド写真を基に、シルクスクリーンの版を作ってプリントする、1メートル四方のパネル1点で25,000ドルの作品──のオーダーを次々とこなしていた。のみならず、ジャン=ミシェル・バスキアとのコラボレーション、抽象絵画、キャンバスに尿をかけた「酸化絵画」、写真や映像作品など、作風を限定することに抗うように、多彩な作品群を生み出していく。

アンディ・ウォーホル 「自画像」 1986年 アンディ・ウォーホル美術館蔵 (C) 2014 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / ARS, New York

 現在ではさほど珍しくない、作家としてのこうした姿勢や手法は、ウォーホルによって切り拓かれたものであり、彼の活動全体が、いわば20世紀アメリカにおける「コンセプチュアル・アート」であったと言うことも可能だろう。80年代には「十字架」や「最後の晩餐」など宗教的なモチーフも登場させたが(生前にそのことを喧伝することはなかったが、ウォーホルはカトリック教徒だった)、体調を崩し、87年に58歳で世を去った。

 ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館の所蔵品によって構成され、シンガポール、香港、上海、北京の4カ所を巡回してきた今展は、東京でフィナーレを飾る。東京都現代美術館でのウォーホル展の出品点数約180点に対して、絵画、シルクスクリーン、ドローイング、彫刻、写真など、作品の総数約400点、新聞・雑誌の切り抜き、書簡、スナップ写真などの資料類は約300点。NYの東47丁目231番地にあり、内部を銀色のアルミホイルで埋め尽くしていた、伝説的な「シルバー・ファクトリー」をほぼ原寸大で再現した体験型空間や、17面のスクリーンを使って上映される25本もの映像作品、さらに日本に関する資料、大阪万博・アメリカ館に出展された大作《レイン・マシン》を改良・再制作、大阪万博以来初めてとなる展示など、日本展独自の工夫、圧倒的な規模で、ウォーホルの全体像に迫る。

会場風景。ウォーホルの私的アーカイブ「タイム・カプセル」から、日本に関する品々を公開展示。

森美術館10周年記念展
アンディ・ウォーホル展 永遠の15分

URL http://www.mori.art.museum/contents/andy_warhol/
会場 森美術館
会期 2月1日(土)~5月6日(火・休)
休館日 会期中無休
入場料 一般1,500円ほか
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2014.02.15(土)