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一流ホテルシェフが語ったエピソード

 既に引退した、あるフランス料理シェフから聞いた、ちょっと面白いエピソードがあります。

 シェフの修業のスタートは1970年代、そこは一流ホテルのフランス料理店でした。そのホテルの料飲部では、定期的にレクリエーション的な会合が開かれていました。いかにもその時代らしい福利厚生の一環ですね。

 ある時からそのシェフ、いや当時で言うと「コックさん」は、その会合の料理を毎回任されることになりました。習い覚えたばかりのフランス料理で先輩たちをもてなすわけですから、ある意味チャンスです。そしてその新人コックさんはそれをうまくやってのけました。「あいつはなかなかできるぞ」という確かな評価を得たのです。

 自信をつけたコックさんは、ある時、フランス料理ではなく中華料理を用意しました。たまには少し目先を変えた方がみんな喜ぶのではないか、という単純な思いつきだったそうです。

 見よう見まねの中華でしたが、驚いたことにそれは、溢れんばかりの大絶賛でした。先輩たちは口々に「今までで一番うまい!」と大喜び。

 しかしその後、コックさんは先輩コックさんに人目につかない場所に呼び出されます。先輩コックさんは煙草を燻らせながらこう言いました。

「お前、いい気になっとったらあかんぞ。あんなもん誰でもおいしいって言うに決まっとる。次からはまたちゃんとフランス料理を作れ」

 先輩はあくまでフランス料理コックとしての誇りを伝えたかったのか、もしかしたらそこに後輩が皆に手放しで賞賛されることへの微かな嫉妬があったのか、真意はわかりません。しかしそこには揺るがない大前提がありました。「誰もがおいしいと思うのはフランス料理より中華料理である」という暗黙の了解です。

 それは一流ホテルの料飲部という、いわば外食のプロ集団が相手でも覆らなかった、というのが、この話のキモです。

 以前、70年代までのレストランの世界ではフランス料理に圧倒的な権威があった、ということを書きました。しかしその時代においても、それはあくまで「権威」や「格式」であり、おいしさや人気はまた別だったということなのかもしれません。そしてそれは現代でも本質的にはあまり変わっていないのではないか、と思うことがあります。

本場の味を大事にしていたお店に起きたこと

 もうひとり、僕の知り合いの話をします。彼はフランスでの修業を終えて10年ほど前に地元で店を持ちました。オープン当初はまさに、本場の味をそのまま持ってきた店でした。

 特別な材料が使われるわけではありませんでしたが、内臓やスパイス、豆を駆使した煮込みや、豚足から骨を抜いて詰め物をした料理など、一手間かけた繊細かつ豪快な料理が売り。日本のビストロで定番のキッシュやニース風サラダなんかも、よく見る可憐なものではなく、やたら褐色でゴツゴツしたワイルドなスタイル。

 しかしそれは長くは続きませんでした。ニース風サラダやキッシュはいつの間にか量も見た目も可愛らしくなり、前菜にはそれら以外にカルパッチョやシーザーサラダも加わりました。メインの「煮込み枠」は、内臓や豚足ではなく煮込みハンバーグに。そしてその店はめでたく、ランチタイムはお客さんでごった返す繁盛店となりました。

2024.02.11(日)
著者=稲田俊輔