既に大家だった観山が描いてみせた、果敢な試み

「弱法師」(右隻) 大正4(1915)年 東京国立博物館蔵 TNM Image Archives (12/7~12/20展示)

 やがて観山は明治36年にイギリスへ留学。ヨーロッパの古画研究の一環として、この時ウフィッツィ美術館で模写したラファエロの《まひわの聖母》は、板に油彩で描かれた原画の柔らかな明暗が、丁寧に水彩で絹本へ写し取られており、観山の確かな技量を物語るものだ。

「松二鶴」 昭和2(1927)年 横浜美術館蔵 (12/21~2/11展示)
上:左隻、下:右隻

 帰国後は、金地や金泥、また花木や草花など、琳派を連想させる装飾的なモチーフと、ヨーロッパで学んだルネサンス以来の写実の技法を組み合わせ、謡曲「弱法師」を主題とした《弱法師》や、老松と鶴が吉祥を意味する《松二鶴》などを発表、日本画の表現の可能性を追い求めた。また古来、仏画の主題として繰り返し描かれてきた、観音が変化する33種の姿のひとつである「魚籃観音」に、留学中模写したレオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》の相貌を引用した三幅対の《魚籃観音》には、現代の観客でも少なからずとまどいを覚えずにはいられないだろう。それは既に大家だった観山の果敢な試みに対して、当時の人々が抱いた感覚と近しいもののはずだ。

「魚籃観音」(一部:「大きな画像を見る」で全体をご覧いただけます) 昭和3(1928)年 西中山妙福寺蔵 会期全日展示
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 横浜が観山の終の棲家となった縁から、開館当初より観山作品を収集してきた横浜美術館では、現在画稿を含む270点の観山作品を所蔵している。さらに他館や個人などから出展される作品も含めて、今展は観山の画業の全体像を俯瞰できる、充実した回顧展となった。円山応挙や谷文晁、渡辺崋山らが、江戸時代から少しずつ採り入れ始めていた西洋的な写実表現をあらためて咀嚼し、いかに「日本画」という枠組の中で自己の表現を確立するか。明治以降のぎくしゃくとした近代化(=西洋化)の中で模索を続けた一人の画家の変遷を、丹念にたどっている。

「闍維」 明治31(1898)年 横浜美術館蔵 会期全日展示
「木の間の秋」 明治40(1907)年 東京国立近代美術館蔵 (1/10~2/11展示)
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「岡倉天心生誕150年・没後100年記念
生誕140年記念 下村観山展」

URL http://www.yaf.or.jp/yma
会場 横浜美術館
会期 2013年12月7日(土)~ 2014年2月11日(火・祝) ※期間中、展示替えの作品あり
休館日 木曜日
入場料 一般1200円ほか
問い合わせ先 045-221-0300(代表)

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2014.01.11(土)