クワン 映画は僕を救ってくれてました。映画作りを通して自分のアイデンティティをつかんで、シャイナートや妻を見つけられて、闇から抜け出せたんですよ。僕らが作った映画『スイス・アーミー・マン』と『エブリシング~』は、闇に光をもたらす人を見つける物語なんです。

――それは、この映画だと、エヴリンの夫ウェイモンドですね? 彼を演じるキー・ホイ・クァンは『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』『グーニーズ』の子役として活躍した後、ハリウッドにはアジア系男性の役がなくて、以後は格闘シーンの振付師として働いていたそうですが、見事な銀幕カムバックですね。

クワン 実際にクンフーができて、優しくて、ユーモアのある彼のようなアジア系男優が見つけられて本当にラッキーでした。ウェイモンドは『エブリシング~』の「心」なんです。

 

「あの言葉を言うウェイモンドは、愛する者といたいと願う1人の男なんです」

――彼は妻に「人生にどんな可能性があろうと、僕は君との人生を選ぶよ」と言いますね。それは、ニーチェが言った「永遠回帰」ですか? 何度人生を生き直しても、この人生を肯定する、という意味で。

クワン なるほど。永遠回帰を持ってくるとは。僕らは意図してなかったけど、わかります。光栄です。でも、ウェイモンドの言葉は、とっても単純で美しい気持ちからです。人生のあらゆる可能性より君を選ぶという。僕らは時々、哲学的になったり、頭でっかちになったり、ややこしくしすぎたりするけど、大切なのは、いつだって、いちばん単純な考えに戻ることだと思います。シンプルな気持ちの核心にね。あの言葉を言うウェイモンドは、愛する者といたいと願う1人の男なんです。

シャイナート この映画を作りながら、僕らがいつも気をつけていたのは、クンフー・ファイトやマルチバースやブラックホールで話を宇宙全体に広げながらも、いつだってシンプルな家族愛の物語から離れないようにすることでした。

2023.03.24(金)
文=町山智浩