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世界最大の精子バンク日本誘致に立ち上がる

 話は2017年にさかのぼる。この年は日本・デンマーク外交関係樹立150周年に当たり、デンマークのフレデリック皇太子夫妻が来日した。このとき、国を代表する企業のトップとして随行したのがクリオス・インターナショナル(以下クリオス)のオーレ・スコウ代表だった。

 クリオスは、ギネスにも登録された世界最大の精子バンクである。アンデルセンでお馴染みのおとぎの国が推しの企業として精子バンクを連れてきたということがちょっとおもしろく、筆者はこれを文春オンラインで紹介した(#精子もネット通販で! 値段は学歴でもイケメン度でもなく○○で決まる)。併せて、ドナーの国籍や身長、体重、目の色、髪の色、血液型から赤ちゃんのときの写真、本人の肉声、自筆のメッセージまで掲載された至れり尽くせりのクリオスの電子カタログ、精子に偏差値(解凍後の運動精子数)があること、精子の値段はどのように決まるか、そして精子を必要としている女性の声を力を入れて紹介したのだが、途中にサラッと「スコウ代表が日本進出を匂わせた」と書いておいた。この力の入っていない1行に食いついた女性がいた。

シングル女性が精子を買う

 それが伊藤ひろみさんだ。文春オンラインの記事はこの年の12月22~24日に3回に分けてアップされたが、伊藤さんは29日には早くもスコウ代表に直談判していた。もともと証券会社でM&Aや資本政策の提案を行い、社会に必要なもの、人々の役に立つことに目を向けてきた。同世代の女性たちが不妊治療で大変な姿を見ると、治療に関する正しい情報を提供するサイトを立ち上げた。

 そうした活動を通して、安心して使える精子バンクの必要性を痛感していた。目下、精子提供者と購入希望者を廉価でつなぐマッチングアプリや個人で精液を販売する自称精子バンクも横行しているが、クリオスでは検査や審査が厳しく、ドナー応募者の5~10%しかドナーになれない。

 そこで、クリオスの日本進出のサポートを申し出たのだ。しかし、スコウ代表は日本進出の青写真まで描いていたわけではなかった。「興味は持っているということだったので、それから1年かけて日本における精子バンクの必要性を訴え、説得し、日本進出のためのロビー活動やPRを任せてもらえるようになりました」

 2019年2月、クリオスは日本の窓口を開設し、伊藤さんは日本事業担当ディレクターに就任した。日本語パンフレットを製作し、日本語で申し込みができるようになったことから、問い合わせが殺到しているという。「精子の価格は約7,000円から15万円で、日本人の方はだいたい8万円ぐらいのものを購入されます。それに送料が一律6万円かかります。昨年11月までに150人の女性が精子を購入しました。過半数がシングルの方だったことには、私も驚きました」

 シングル女性は、離婚してシングルになり、子どもにきょうだいを作ってあげたいという人、結婚歴のない人、なかにはセックスの経験がない人もいる。

 2016年の本誌パイロット版(前出)では、女たちはいずれこう言い出すのではないかと予想した。「もう、男は要りません」

 それが現実のものとなってきた。

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※週刊文春WOMANより転載
※記事内の情報は週刊文春WOMAN 2021年春号発売時点のものです。

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2023.04.11(火)
文=小峰敦子