憧れのものをワードローブにプラスする

佐藤 確かにオートクチュールは少しハードルが高いけど、バッグだと取り入れやすいですよね。特別な日だけでなく、普段でも楽しめるのはやっぱりうれしい。

北原  憧れのものを自分のワードローブに取り入れることを楽しんでいただきたい、という気持ちが強くて。私たち生地好きなんですよ。 

佐藤 皆さん、生地が好きなんですね。創始者はお祖母さまで、お父さまが社長をされているんですよね?

北原 はい、そうです。昔は商社の方が家に来て、生地のサンプルを部屋にバーッと広げて、その中から布をピックアップする、という光景を年に2回ほど見ていました。小さい頃はその周りで遊んでいて、「これきれい! これ欲しい」なんて言ったりして。

 ただ、オーダーメイドってだんだん減ってきているじゃないですか。次第に商社さんもいろんな生地を仕入れなくなっていって、無難なものばかりになってきたんです。持ってきてくれる生地が暗い印象のものばかりになった時期があって、「どうしてこんなに暗いものばっかりなの?」って聞いても、それが今の流行りだって言われて。

 でも、他のハイブランドの洋服を見たらこんなに素敵なものが出ているのに、どういうこと!? って思って。絶対、海外にはいい生地があるはずだっていう確信があったんです。

佐藤 それが海外に仕入れに行くきっかけになったんですね。最初に行かれたのはイタリアのミラノですか? 実際に行かれてみてどうでしたか?

北原 もう全然違いました! あるじゃん、あるじゃんって(笑)。

佐藤 へぇ! そもそもアポ取りはどうやって行ったんですか?

北原 いろんな会社にメールを送ってみました。「まずは商社を通してくれ」とか言われても、しつこくアポ取りしました 。ようやくアポが取れて行ってみたらすごく大きな会社で、数々のトップブランドの生地を作っているところだったんです。

佐藤 すごいですね! その会社から徐々に、新しい会社を開拓していったんですか?

北原 3年くらいはその会社だけだったんですけど、そこの部長さんがすごくフレンドリーなイタリア人で、「他の会社の人が会いたいって言ってるんだけど、どうする?」って聞かれて、「じゃあ、会いたい」って言ったんです。そうしたらそこに連れて行ってくれて。

 それ以来、いろんなところに連れて行ってくれるようになったんです。大手の会社の方だからすごく顔が広くて、何度メールしても断られていたところにスッと入れました。「会いたい」っていう一言が大きかったんですよね、今思えば。

佐藤 フランス、スイス、インドなど他の国の会社からも仕入れていらっしゃるんですよね。それも、その部長さんのご縁だったんですか?

北原 いえ、それぞれの国ごとに直接連絡を取り、開拓していきました。それこそ小さいメーカーでも、すごくきれいな生地を作っている所がたくさんあるんですよね。大手ばかりとは限らなくて。

佐藤 そのきれいな生地をより活用されるために、このオートクチュールバッグが誕生したんですね。

北原 ずっと、オーダーメイドの洋服を作った際に残った生地など、服を作るほどのサイズがない生地を活かしたいと思っていたんです。もう一着作るほどはないけど、捨てることは考えられないし、何かできたらいいなと。

 「生地を活用し尽くすことはサステイナブルだ」「こんなきれいなサステイナブルは見たことない」って言っていただくことがあるんですけど、私たちにとっては余った布を活用しているというイメージはなくて、この布もコレクションの一部なんです。実家の一室に布を取り置いているんですけど、どんどん増えていくばかりで(笑)。

佐藤 今日はいくつか商品をお持ちいただいていますが、特にお気に入りのバッグはありますか?

北原 今日使っているこのバッグがお気に入りです。一つひとつの布に、旅行や仕入れに行った先での思い入れやストーリーがあるんですけど、この布には特別な思い出があるんです。

 小学生のときにミラノに行った際にドゥオモの隣に高級生地屋さんを見つけて、そこは普通のマダムが買いに行くような店なんですけど、すごくきれいな生地を置いていたんです。そこで見つけたのがこの生地で、ドレスを作るためのものなんですけど、 小学生だから売れるかどうかなんて考えないじゃないですか。すごく高かったと思うんですけど、私が欲しいって言って買ってもらったんです。

 結果的にこの生地でドレスを作られた方がいらっしゃって、その残りがずっと手元にあったんですね。すごく好きな生地だから、いつか自分が大人になったときに洋服にするという手もあったんですけど、なかなか着ていく場所もないだろうと思って置いておいたんです。

 でも、 バッグだったら今日持っていてもおかしくないじゃないですか。 すごく思い入れがあるからこそ、日常的に使えるようなアイテム にできたことがうれしくて。

 実はそのミラノに行ったときに、洋服の世界に進もう、留学しようって決意したんです。家の事業を継ごうとかではなく、やはり布が好きだったんですよね。

2022.09.05(月)
文=佐藤由樹
写真=鈴木七絵