新型コロナウイルス、度重なる自然災害、不安定な世界情勢……未来に不安さえ感じた日々。

 そんな時は大自然に抱かれて、自分は地球の一部だと感じられる旅へ出かけたい。そんな地球の営みを感じられる、島根県・隠岐諸島と北海道・十勝への旅を提案する。


火山活動が創った大地に着いた瞬間に始まるジオ体験

◆島根・隠岐諸島(島後、西ノ島、中ノ島、知夫里島)

 島根半島の北、約40~80キロメートルの日本海に点在する隠岐諸島は約600万年前に2箇所の火山活動によって誕生した。

 4つの有人島と180余りの無人島からなり、東側に諸島中最大の島後、西側に内海を擁するカルデラ地形の島前3島、西ノ島、中ノ島、知夫里(ちぶり)島がある。

 独特の地質、日本列島形成の歴史を記録する岩石、本州と陸続きになっては離れて離島になるという大地の変動が繰り返されたことで生み出された独自の植生、自然環境に最適化した文化や離島という地理によって育まれた歴史など、地球の物語を伝える島々は「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」として、日本で6番目の認定地域となった。

 離島という地理的環境と海洋生物、漁業等の生活の営みも含めた環境そのものがジオパークとされているため、海岸から1キロメートルの海域までも含まれている。

 古代から中世にかけて隠岐国として自立し、江戸時代中期から明治30年ころは北前船の寄港地として栄えた歴史がある。

 佐渡から下関へ沖を行く航路がひらけ、風待ちや物資補給に隠岐諸島の港が利用された。西ノ島の焼火(たくひ)神社には、北前船の船人にも崇められた海上安全の神様が祀られている。

 北前船によって最も栄えた西郷港を海の玄関口とする島後には隠岐空港があるが、ここに降り立ったときから大地の記憶に触れることになる。

 複雑な地形の島で飛行場用の土地を確保できたのは、玄武岩溶岩が作った緩やかな溶岩台地があってのこと。

 もちろん調整はされているが、自然の台地を利用した空港なのだ。島後には、樹齢600~1,800年の様々な形態の杉、海岸に散在する岩礁群など見どころは満載で、隠岐固有の動植物も多く見られる。

 一方、隠岐諸島で一番小さな知夫里島では人よりも牛と出会う機会が多い。なにしろ人口約600人に対して牛は500頭以上。

 島の約半分が放牧場として利用されており、しばしば牛が道路でくつろいでいる。彼らが移動するまで車を停めて待つのも島らしい時間だ。

 放牧場では昭和30年代後半まで行われていた「牧畑」という島独自の農法の名残も見られる。

 山野の区画を分け、畑を耕し糞尿が堆肥となる牛馬の放牧、主食の麦と天候不良にも強い雑穀栽培、地力を回復させ加工食品にもなる大豆や小豆の栽培を順に輪転し、連作障害を防いできた。

 牛肉の需要増加に伴い、現在は食肉用の牛の放牧のみが行われているが、土地を区切るために設けた石垣が所々に残っている。平地が少なく、痩せた島の土地を有効的に活用した先人の見事な知恵の結晶だ。

 知夫里島の西側に続く大断崖「赤壁」、荒波に削られ剝き出しになった断面が、そこがかつて小規模な火山だったことを教えてくれる。

 溶岩に含まれる鉄分が空気に触れて酸化した赤い岩肌、何層にもなった岩肌は美しく、地球の記憶に圧倒される。

島後(どうご)

面積:242.82平米、人口:約14,000人、周囲:約75キロ、アクセス:飛行機で伊丹から約1時間、出雲から約30分。または境港、七類港からフェリーで約2時間半、高速船で約1時間。
隠岐諸島の北東に位置し、過酷な「隠岐の島 ウルトラマラソン」で知られる。八百杉、壇鏡の滝、那久岬など人気の観光スポットも多い。

知夫里島(ちぶりじま)

面積:13.70平米、人口:約600人、周囲:約27キロ
面積、人口ともに隠岐諸島で最小。島の約半分で隠岐牛の放牧が行われている。4~10月には赤壁を海から眺めるサンセット遊覧船が人気。湧き水が豊富で「河井の湧水」は島根の名水百選のひとつ。

文=斎藤素子(隠岐諸島)、CREA編集部(十勝)
撮影=橋本 篤

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