シチリア陶器の代表「顔鉢」のちょっと怖い伝説

お持ち帰りできそうなサイズの顔鉢。実は、1000年前の悲恋の物語が隠されている!?

 シチリアの陶器店のみならず、ホテルやリストランテなど、シチリアじゅうで見つかる男女の顔をモチーフにした陶器。いわゆる「顔鉢」の伝説がこちらです。

C'era una volta…… チェラ・ウナ・ヴォルタ(イタリア語の「昔々」の意味)……

 約1000年前、パレルモはイスラム帝国の支配下にありました。絢爛豪華なイスラム文化が花開き、300以上のモスクが立ち並ぶエキゾチックな町には、シチリア人とアラブ人が仲よく暮らしていました。ある日のこと。カルサ地区と呼ばれる町の入り組んだ路地裏を歩いていたアラブ人の男性が、ある邸宅の前を通りかかりました。

 花が咲き乱れるバルコニーに現れた、桃のような頬をして、地中海のような青い目をした美しいシチリア人の娘。あまりの美しさに目を奪われた男性は、思わず娘に声をかけました。その当時の若い女性は、外を出歩くことを許されていません。退屈していた娘は、アラブ人を家の中に招き入れてしまいました。

 男性の熱心な求愛に感動した娘は、一晩を共にしてしまいます。すっかり恋に落ちてしまった明け方に、男性からある告白を聞くことになりました。それは故郷に妻と子供を残してきているというものでした。ショックを受けた娘は、さてどうしたでしょう。「このまま帰してはならぬ」と、彼の頭を切り落としてしまったのです。

 夜が明けると、男性の頭はバルコニーにありました。そして……その頭にはバジリコが植えられていました。それから毎日、いつものように手入れをしていた娘は、バジリコがぐんぐん育ち、見事な葉を何枚もつけていることに気づきます。自慢の鉢を通りからよく見えるように置くと、通りかかる人々が立ち止まって声をかけてくれるようになりました。「いつも一緒。それに、もう独りでも退屈しないわ」。そして人々の間では「バジリコが良く育つ植木鉢」の噂が広まり、パレルモの陶器工房には、アラブ人の頭の形の植木鉢の注文が殺到したのだそうです。

サイズも形もいろいろある顔鉢シリーズ。水差しや花瓶もあるが、植木鉢がクラシック

 アラブ人の頭を切り落として植えるのが流行った。というオチでなくてよかったですが、頭にバジリコ……思いのほか生々しい伝説でした。というわけで、顔鉢はアラブ男性とシチリア女性のセット。一緒にいたいという思いが込められているので、お買い求めになる機会がありましたら、片方だけではなくセットがよろしいかと思います。

 それにしても、ボッカチオの小説にも、「バジリコの鉢植えに、恋する男性の頭を隠す」という話がありますから、イタリアではあながち突飛な発想ではないのかもしれません。桜の下には、死体……ではなく、バジリコの下には頭。お国変われば、ですね。

 ところで余談ですが、マヨリカ焼きは、イタリア語ではMaiolica(マイオーリカ)。ゆえに、日本語ではマヨリカ焼き、マジョルカ焼きなどいろいろ呼ばれていますが、マヨリカ焼きがイタリア語の発音に近いと思われます。

岩田デノーラ砂和子
フリーライター・コーディネーター・イタリア語通訳。2001年より、イタリア在住。メディアコーディネートおよび女性誌、WEBに執筆するほか、イタリア関連書籍多数。近著は人気シリーズ第3弾「街歩きのイタリア語」。
ブログ:「NEWローマの平日シチリア便り」最近加わったワンコとイタリア暮らしネタが話題!
ホームページ:buonprogetto.com

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