ようやく人間になれましたかね。35歳から40歳で人生観は変わりました

――「吉本から多額の借金もしてるが生活に困らないぐらいのギャラももらってる」って書いてありましたけど。

 吉本から借金するのは都市伝説もありますけど、吉本の場合、借金って前借りなんですよ。借金ができるレベルになったのがうれしくて。売れないうちは、なかなか吉本から金は借りられないんですよ。

――そもそも信用がないと。

 はい。もともとを言えば浜田さんが社長に「家建てるから金貸してくれ」って言ったんですよ。梶原も同じように「家建てるから」って吉本にたぶん何千万か借りてるんです。ということは吉本からしたら何千万の価値があるタレントと思われてるわけじゃないですか。そう考えると借金って全部そういうことだな、と。

 銀行で1億のローンが通るということは、「あなたは1億円の価値がある」ってことじゃないですか。だからみんな言ってないんだろうけど、借金あるってすごいことなのに。日本人特有の「借金ダメ」みたいに言ってるのがちょっとかわいそうだなと思うんですけどね。だから、いけるだけいってます。

――ダハハハハ! いけるだけ(笑)。

 借金はいけるだけいってます。ウチのマネージャー若いんでちょっと引いてますけど。

――自分の信用を確認するような感じなんですね。

 そうですね、だって稼げるんだから前借りしといたほうがいいでしょ? これは吉本に対する質問にもなってるんですよ、「僕はいくらイケると思ってますか?」って。それが500万だったらそうかと思うし。たとえば僕だったら霜降り明星に5000万出すし千鳥には1億出すわけですよ。だから、まだそんなもんかって勝手に思いながら、「貸してください」って言って。毎月利子も含まれてるんで、結構高けえなと思いながら返してますけど。

 そう、最近になってようやく結婚のお祝いみたいな発想も生まれて。それまであげられなくて逃げ回ってたんですよ。「え、僕3万もないよ!」みたいな。

――わかります、結婚式とか呼ばないでくれと思ってた時期がボクも長くて。

 そう、頼むよと思ってましたけど、40歳になってようやくなんとか人間の大人になれた感じはありますけどね。

――お金があると人の幸せを素直に祝えますよね。

 そうそう。「知らねえよ、子供できたとか言うなよ!」って思ってましたから。ようやく人間になれましたかね。35歳から40歳で人生観は変わりました。遅咲きでしたね。なんにも考えてなくて、エピソードとか35歳になるまでメモッてないですからメモッておけばよかったですね。いろんなクレイジーなことあったんですけど。ホントもったいない。あの頃の∞ホールの若手のおもしろかった話とかめちゃくちゃな話とかなんにも覚えてない。

――芸人さんが語られたがらないのってなんなんでしょうね。

 恥ずかしいんでしょうね。それが粋だっていう文化なんですかね。僕よくミュージシャンと比べたりするんですけど、ミュージシャンの人たちはファンを大事にしてきて、ファンのために「ありがとう」って言ってライブやってるじゃないですか。僕らはどっかでお客さんよりもおもしろいことをやってやってる、お客さんに笑ってもらってるんじゃなくて……これも松ちゃんなんですけど、「笑わせてやってるんだ、笑われたらダメなんだよ」って教えられてきて。

――「ファンに媚びるな」みたいな感じで。

 そうなんですよ。ファンに媚びちゃダメって聞いてたのに最近話が違くなってきて、「ファンを大事にしよう」とか、クラウドファンディングとか、そんなことやっていいわけがないと思ってたのがキングコングが先陣切って。ファンのためにお笑いをやるのって……でも、ネタとかわかってたら笑わねえし。音楽は知ってる曲で盛り上がるけど僕らは新ネタじゃないとウケないし、だから矛盾ですよね。僕らのメカニズム全部言っちゃったらお客さんにウケなくなるとは思うんですよ。

 でも、ミュージシャンは「貧乏でナントカでっていう歌詞を書いたんです」って言ったらその歌詞を聴いた人が泣いてくれる。難しいですよね、似てるのに真逆のことやってる。お笑い芸人とミュージシャンってお互いが好きだから近寄りたいんだけどハリネズミ状態で、やっぱりウケなくなるから嫌なんでしょうね。

 千鳥さんは何も怒ったりしないですけど、いい人な話をいっぱいすることにより大悟さんのあの感じでも「ホントはいい人のくせにやってるんでしょ?」って思われたら大悟さんウケづらくなるからホントは言ってほしくないんだろうなって。だから、やっぱり心のどこかではごめんなさいと思います。大悟さんは酒飲んで無茶苦茶な人っていうほうがウケるんだろうなって認識もあるんですけど。

――無頼なのも事実だけどっていう。

 そうなんですよね。たけしさんもそうじゃないですか。めっちゃいいエピソードいっぱい出るけど、本人は「いいよそんなの」って、そりゃそうだろうなと思うし、でもファンは言いたくなっちゃうし。

――お笑いも落語みたいにならないかと思いますよね、おなじみのネタをこうアレンジして、みたいな。

 そうですよね。「古典」って言ってツービートの古典やったりして。でも東京ダイナマイトさんがDVDでそれやったら、なんか違ったっぽいです。パクリみたいになっちゃうんですよね。音楽とこんなに親和性があるのに、芸人のトリビュートってたぶんバカにされますもん。爆笑問題のトリビュート単独ライブとかやったらたぶん爆笑さん乗り込んでくるじゃないですか。

――「何を勝手にやってるんだ」って。音楽のトリビュートはこんなに愛が伝わるのに。

 志村けんさんが亡くなって志村さんのトリビュートコント番組があっても本来ならいいんだけど、それをやらないのが志村さんへの愛なわけじゃないですか。ミュージシャンだったら絶対トリビュートするし、それで感動を呼ぶわけじゃないですか。美空ひばりさんのCGみたいなヤツ『紅白』でやってたじゃないですか。あれのノリで植木等さんとかやったら失笑中の失笑ですもんね。だから難しいですよね、同じジャンルなのに。

――CG横山やすしとか(笑)。

 無惨でしょうね。無惨なことになるからやらないんでしょうね、それは(西川)きよし師匠も止めるだろうし。難しい、なんでこんなに似てるのに違うんでしょうね。

 ――そういう意味では芸人評論という難しいジャンルに挑んでいるわけですよね。

 挑み中ですよね、たしかに。ここ数日の考え方ですけど、賛否あるほうがいいんだろうなと思って。僕、売れてないからかもしれないですけど賛のほうが多かったんですよ。ウチの相方は否を結構食らってて。それはお笑い芸人らしからぬことを吉村が我慢してやってたからだと思うんですけど、MCとか芸人以外の顔芸とかしょうもない下ネタを言うから。僕はそういうのから逃げて、大喜利とかドシッとしたボケみたいなことをやってたから賛ばっかりだったと思うんです。

 でも、売れていった先輩を見たときに、みんな素敵ですけどどこか否の仕事も請け負ってるんだろうなって。「それ芸人がやる仕事?」みたいなこともやって、加藤さんも「スッキリ」(日本テレビ系)を始めた当時は言われたと思うんですよね、「芸人がやる仕事なのか?」みたいな。

――「狂犬じゃないのか?」みたいに言われてましたよ。

 「芸人がワイドショーやってどうすんだ?」っていうのはきっと耳に入ってて。でも、やり切っていまあるのは加藤さんのすごさだし、「スッキリ」を乗り越えたからじゃないですか。あれ「スッキリ」やってなかったらって考えると、そういう否の仕事もいつかやらなきゃいけないのかなと思ってるんで、絶妙なタイミングだなと思いますけどね。

――ある程度目立ったら批判は増えますからね。

 そういうことなんでしょうね。真っ向勝負でいくっきゃないって感じです。

――ただ、批判とかには強そうに見えますよね。

 いや、ぜんぜん強くないですよ。いままで受けてきてないですから。ほとんど受けてきてないんですよね、ズルかったんでしょうね。全部吉村のほうに(笑)。

――弾除けになってくれて(笑)。

 だから、ここからは自分の検索はちょっと控えようかなと思うんです、弱いんで。東野さんとかも絶対あったはずじゃないですか。お笑い以外の仕事を増やしてる時期とか、「芸人なんだから」って言われてたと思うんですけど、それを傷だらけでくぐり抜けていくところが売れる秘訣と根性だと思いますね。

――しかし、「ファンに媚びる」問題は興味深いですね。

 お笑いの人はファンに媚びると……でも難しいですよね。僕らも若手のときよくキスとかしてたんですよ、コンビでキスするとウケるんで。

――ちょっとBL感が出るから。

 それに乗っかるのはすげえ嫌だったんですけど。

――いまコンビ仲の良さをファンが求めている感じもあるじゃないですか。

 そうなんですよ。でもね、そんなわけないんですよ。

――ダハハハハ! ごく一部ホントに仲いいとかもあるけど。

 いや、でも95パーセントは距離感を保ってますからね。

――だから「兄弟みたいなもの」っていう徳井さんの表現はうまいなと思いました。

 そうですよね。だからミキがマジで超異常に見えますよね。兄弟で仲いいっていうテイじゃないですか。千原(兄弟)さんも中川(家)さんも仲良くないテイじゃないですか。でも、兄弟だからいいじゃん、みたいな。ミキすごいですよね、あれホントなのかなって同業者でも思いますよ。「お兄ちゃんお兄ちゃん!」って、大人であんな兄弟見たことないですから。

敗北からの芸人論


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2022.03.14(月)
文=吉田 豪
写真=平松市聖