便利さが重視される時代と逆行し、行きやすさのハードルを上げた秘境に土地と深く繋がった滞在型の美食の地が2020年以降、各地で誕生している。
温泉地でもない人里離れた場所になぜ? その答えが“旅の醍醐味”の新たな扉を開ける。おすすめオーベルジュ3軒をご紹介。
心動かされた景色の邪魔にならない料理を
◆villa della pace(ヴィラ デラ パーチェ)
[石川・七尾]
山を映す鏡のような水面と静寂の海辺は、能登半島の入り組んだ湾の奥にある美しき場所。
その景色を一枚絵のように魅せるダイニングの席につくと、冷えた体に沁みる温かなスープから始まり、アオリイカや鰆のアミューズ、発酵バターとイカの魚醤・いしりで風味付けしたきのこのタリアテッレ、輪島で育った七面鳥の炭火焼きなどが続く。
タリアテッレにはイタリア・ピエモンテの熟成感がある白を合わせるなど、ワインとのペアリングがまた楽しい変化をもたらしてくれる。
平田明珠シェフが織り成す、食材の輪郭をストレートに打ち出す約11皿から成るコースは、“景色の邪魔をしない料理”を意識しているという。
「あくまでも海と山の風景を主役にしているので、自分の個性やオリジナリティは必要ではないと考えています」と話す。
彼は東京のイタリア料理店で経験を積みながら30歳までには自分の店を持とうと考えていた。
最初は都心で探したが立地や資金面でハードルが高く、悩んでいた矢先に以前食材探しに訪れた能登半島の七尾市が、商業支援をしていると知る。
相談に行ったところ、とんとん拍子で話が決まり、2016年9月に七尾市内の別のエリアに店をオープンした。
「遠方から来てくださる方のために宿泊できるオーベルジュを開きたいと以前から思っていました。初めて見た時に心を動かされた、この海のそばがふさわしいと想像できたんです。運命的なものを感じました」
もともと海水浴場だった所で、海の家として使われていた建物をリノベーションしてレストランにし、裏に宿泊施設を隣接させた。
ステイは1日1組。暮れゆく夕日に海が染まる光景、滋味深い朝食を貸切でゆったり味わえる贅沢さ。美食だけではない幸福がちりばめられているオーベルジュだ。
本当の意味での豊かさに触れる滞在を求め、リピートするゲストが増えていることが、平田シェフのモチベーションになっているという。
Photographs=Atsushi Hashimoto