すべてのお母さんに、安心・安全でハッピーな出産を

尾形優子さん(メロディ・インターナショナル株式会社CEO)

周産期医療を遠隔でも可能にしたプラットフォームを提供する、メロディ・インターナショナルの尾形優子さん。
周産期医療を遠隔でも可能にしたプラットフォームを提供する、メロディ・インターナショナルの尾形優子さん。

 日本の周産期医療(妊娠22週から出生後7日未満までの期間における医療)は世界屈指のレベルを誇る。しかし、産科施設は減少傾向にあり、地域によっては通院が妊婦の大きな負担になっている場合もあるという。

 一方、母子健康手帳を含めた妊婦健診体制が整っておらず、専門医も不足している開発途上国では、通院どころか適切な周産期医療を受けることもままならず、妊産婦死亡率および周産期死亡率ともに高いままだ。

 こうした状況を改善し、世界中のお母さんがより安心・安全な出産ができるソリューションはないか。そう考えた尾形優子さんは、周産期遠隔医療のプラットフォームの構築を目指し、「メロディ・インターナショナル」を設立した。

開発途上国での成功がモチベーションを与えてくれた

診療所用の電子カルテの開発事業に関わったことが、遠隔医療プラットフォームの開発に繋がった。
診療所用の電子カルテの開発事業に関わったことが、遠隔医療プラットフォームの開発に繋がった。

――尾形さんは、京都大学大学院で原子核工学を修め、その後香川県の鉄鋼会社に勤務されていたとお聞きしています。その尾形さんがなぜ、医療機器の事業をスタートアップされることに?

尾形さん 鉄鋼会社に在籍している時、診療所用の電子カルテの開発事業に関わったのが、医療ITに携わるきっかけとなりました。インターネットを使って病院同士がデータを共有するシステムを開発したのですが、そこで気づいたのが、産婦人科では患者さんのデータのデジタル化が全く進んでいないということ、それによってさまざまな課題が生じていることだったんです。

 電子カルテの有用性は実感していましたので、妊婦さんの情報をデータ化して管理できる産科用電子カルテの開発をしたい、と考えるようになりました。

――それが最初の起業につながったんですね?

尾形さん はい、2002年に周産期電子カルテの開発販売を行う会社を起業しました。といっても当初はどの病院でも診療所でも全く相手にされなかったのですが(笑)、3年後ぐらいから導入してくださるところが増え始め、次第にビジネスが軌道に乗って売り上げも伸びていきました。

 一方、私は電子カルテ事業と同時に、遠隔医療や僻地医療にも取り組みたかったのですが、企業内起業ってすごく難しいんですよ。それで、退職して自分で新しい会社を立ち上げることにしました。もう、やむを得ず(笑)。

――そうして設立されたメロディ・インターナショナルで、遠隔医療プラットフォームの開発をスタートされたわけですね。

尾形さん 2017年に、手のひらサイズの分娩監視装置「プチCTG」を使用する独自のプラットフォーム「Melody i(メロディ・アイ)」のサービスを開始しました。2色の「プチCTG」のうち、一つで胎児の心拍を、もう一つで妊婦さんのお腹の張りを計測し、そのデータを「Melody i」を通して産婦人科医に送信できるシステムです。

 医師と妊婦を日常的につなぐことができるので、通院の負担も減りますし、もし異常が見つかれば、医師による迅速な判断と処置を仰ぐことができます。

尾形優子さんとメロディ・インターナショナルの仲間たち。
尾形優子さんとメロディ・インターナショナルの仲間たち。

――デバイスの開発、プラットフォームの開発、さらに医療機関との連携と、難しい課題が多々あったのではないかと思われます。

尾形さん 事業化には本当に苦労しました。医療機器の開発は時間と資金を要します。しかも私たちは開発から事業化まですべて自分たちで行ってきたので、薬事認証などさまざまな高いハードルがあり、難しかったですね。

――それを乗り越えられたのはなぜですか。

尾形さん じつは、海外での経験が力になったんですよ。Melody iは2018年に本格的な国内販売を始めたのですが、それ以前から、海外での事業展開もスタートさせていたんです。

 そのきっかけになったのが、タイのチェンマイです。チェンマイには25の公立病院があるのですが、そのうち産婦人科医が常駐しているのは6病院だけ。それ以外の病院は山岳地帯に位置していて、そこにたくさんの妊婦さんが通っているという状況でした。

 チェンマイの山岳地帯のように産婦人科医のいないエリアでは、Melody iが非常に有効なソリューションとなりました。そしてチェンマイをきっかけにミャンマー、ブータン、南アフリカなどに事業を横展開することができ、その成功が私たちのモチベーションにつながったんです。

――日本国内より先に、海外の開発途上国で真価を発揮することができたわけですね。そこでは何か公的機関のサポートがあったのですか?

尾形さん チェンマイでの事業は、2017年にJICAの「草の根技術協力事業(地域活性化特別枠)」として採択されました。もともと、香川県を中心とする遠隔医療支援プロジェクト実行委員会が「タイにおける妊産婦管理及び糖尿病のための遠隔医療支援プロジェクト」に取り組んでいたのですが、そこにメロディ・インターナショナルも加わり、プチCTGの提供をはじめ、さまざまな運用に携わることできました。これはとても大きなステップになりました。

――そうした成功事例が、日本での展開にも役立っているというわけですね。

尾形さん はい、通院が困難なエリアがあるのは日本でも同じことですから。一方で、産婦人科医の仕事はとてもハードワークで、24時間いつ分娩が始まるか、緊急対応が必要になるか分からない。しかももし何かあったら医療過誤で訴訟となる場合もありうるという厳しい状況で、離職を選ぶお医者さんもいるわけです。

 そのギリギリのところに、Melody iのようなシステムを取り入れてもらい、妊婦さんとお医者さんがデータを共有してコミュニケーションを図れれば、少し余裕が生まれるのではないかと。そしてみんながハッピーになれるんじゃないかな、と思っています。

 Melody iは、妊婦さんだけではなく医師や看護師にとってもメリットのあるシステム。まだまだスタートアップですので、もっと認知を広げていきたいと頑張っています。

2021.03.24(水)
取材・文=張替裕子(giraffe)