ハプスブルク家の栄華、極まれり

『ラス・メニーナス』(1656年) ディエゴ・ベラスケス
門外不出の、プラドの至宝。オペラの舞台のごとき大空間に、幼いながら凛とした王女、取り巻く女官、カンバスの前の画家、宮廷にペットのように飼われていた慰み者などがひしめき、一種異様なオーラを放つ。
copyright :Museo Nacional del Prado

「青い血」による急速な衰退

 フェリペ2世は4度目の結婚で、ようやく世継ぎの息子に恵まれた。だがそのフェリペ3世は出来が悪く、さらにその息子フェリペ4世となるともっと悪くて、「無能王」とあだ名される始末。国は衰退の一方となる。そして彼の息子カルロス2世(カール5世から数えて5代目)は、もはや政を行うどころか、世継ぎをつくることもできなかった。

『軍服姿のフェリペ皇太子』(1551年頃) ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
フェリペ2世の若き皇太子時代。父王カール5世を継いで「陽の沈まぬ国」スペインをさらに強化し、蜘蛛の巣のように陰謀を張りめぐらせた辣腕の君主。物静かなたたずまいの中に、どこか油断ならぬ雰囲気が醸し出される。
copyright :Museo Nacional del Prado

 カトリックの牙城なのでプロテスタント国とは婚姻を結べないし、高貴な「青い血」にこだわりすぎて近い親戚に相手を求めたのが原因である。いとこ婚どころか、叔父姪婚を2回も(2世と4世)くり返したのだから、最後の王が数々の遺伝性疾患を抱えて生まれてきたのも必然であったろう。

 つい数年前、スペインの大学がハプスブルク家の近交係数を割り出した。それによると、フィリップ美公は0・025(他人同士が結婚して生まれた子は0)。それがどんどん濃縮してゆき、カルロス2世に至っては、ついに0・254という恐るべき数字になってしまった。親子間、きょうだい間で生まれた子の近交係数ですら0・25なのだから、それよりなお血が濃かったのだ。かくしてスペイン・ハプスブルク家は、200年足らずで幕を閉じた。

<次のページ> かくして王家の歴史は永遠に……

photo:Atsushi Hashimoto
realization & text:Shojito Yano
coordination:Yasuo Taniguchi / Yukiko Hori
illustration:Kanako Sasaki / Masako Kubo