床に広げられたバラのむせ返るような芳香
朝の9時頃、穀物袋に詰め込まれたダマスクローズが工場に運び込まれる。最盛期にはバラが40キロ入った袋が何袋も届くのが圧巻だ。検品を行う部屋は、毎朝水を打ち、丁寧に掃除が行われる。ビニールシートにバラが次々と撒かれると、むせ返るような芳香でしばし興奮状態となる。
足の踏み場もなくうず高く積み上げられたダマスクローズをかき分け、自分のスペースを確保し、腰を冷やさないための座布団を敷いてその上に座り込む。そこから黙々と検品が始まる。八分咲きの花冠に混ざったつぼみや緑の葉っぱを取り除く作業は、なかなか神経を使う。最も見逃してはならないのが、開き過ぎて花弁がわずかに茶色く変色した花だ。
「ローズウォーターが現在の品質に落ち着くまでには、長い道のりがありました。つぼみや葉っぱを入れると、青臭い香りになってしまいます。茶色の花を入れると、かすかに腐敗臭が残り、製品化出来ません」
なるほど。それは真面目に検品をしなくては。私たちは現地の男性に混じり、指をバラの灰汁で黒くしながら作業に励む。遠くのモスクからアザーンが聞こえると、真面目なモスリムのラシッドさんは、お祈りのために別室にそっと消える。朝の静謐な空気が太陽の熱で温められ、体はうっすらと汗ばむが、窓からバラの香りを含んだ乾いた風が吹き込み、優しく皮膚をなぜていく。
朝に持ち込まれたバラの検品が終わると、つぼみは屋上に運ばれる。たった数時間、太陽の熱にさらされただけで、お茶やポプリなどに使われる乾燥ハーブとなる。丁寧にセレクトされた花冠だけが、ローズウォーターの原料となるのだ。
2016.03.04(金)
文=岡本翔子
撮影=齋藤順子、岡本翔子