五感を呼び覚ますセンシュアルな舞台をクリエーション

舞台設定、音響効果もすべて諏訪さんが担当。センシュアルなひとときに。

 諏訪綾子さんは、五感を通して食を表現することをコンセプトとする「フードクリエーション」を2006年に立ち上げています。彼女の代表作「感情のテイスト」では、さまざまな感情を1つ1つのレシピの中に込めています。例えば「驚きの効いた楽しさと隠しきれない嬉しさのテイスト」や「恐ろしさと不安がゆっくりと混じり合うテイスト」など。この「感情のテイスト」によるレシピは、ゲリラレストランなどのメニューとして発表され、テアトルのような舞台設定とともに、所や舞台を変え、選ばれし会食者たちは体験してきました。私自身も、パリのホテル「ル・ムーリス」にて、「感情の香り」を味わう経験をして、思い描いていた食の未来を感じたのでした。そして昨年より私が主宰しているウェブマガジン「食会」にて、諏訪さんに日本の七十二候の一候ずつを、新進気鋭の料理人アレクサンドル・ゴーティエとクリエーションでダイアログをするという試みに挑戦していただいています。

一瞬にして靄に包み込まれるサロン。
1969年のシャンパーニュがソワレの最後に振る舞われた。

 そんな諏訪さんがこの館で、舞台設定からすべてを監修したディナーは、五感を呼び覚まされるような、時空を超えたセンシュアルな舞台でした。「ヴーヴ・クリコの畑を舞う蝶」、それがたった10人しかいない会食者たちである私たちに与えられた役割。私たちは蝶のように蜜を含んだ花の皿を味わい、雨音を聞きながら蛙と戯れ、立ちこめる靄の中、熟れた果実を鷲掴みにする。吹き荒れる風の中、シャンパーニュの丘を覆うハーブの緑を愛でもする。さまざまな趣向を凝らされた舞台を、まさに私たちは食事をしながら、五感を使ってその役割を演じるかのよう。ヴーヴ・クリコのレアなキュベは、その確かな道しるべとなってくれていたのでした。体験したことのない設定のスペシャルなディナーに、ゲストは皆興奮気味だったようです。

ヴーヴ・クリコ社長ジャン=マルク・ラカーヴ氏と諏訪さん。

 ヴーヴ・クリコの2014年のキーワードは「旅するシャンパーニュ」だといいます。旺盛な創造力を呼び起こさせ、記憶を瞬時に蘇らせるシャンパーニュは、まさに“プルーストのマドレーヌ”。味わいの力は無限大と感じさせられるひとときでした。マダム・クリコの微笑みをそこに感じながら。

伊藤文 (いとうあや)
パリ在住食ジャーナリスト・翻訳家。立教大学卒業。ル・コルドン・ブルー パリ校で製菓を学んだ後、フランスにて食文化を中心に据えた取材を重ねる。訳書にジョエル・ロブション著『ロブション自伝』、グリモ・ド・ラ・レニエール著『招客必携』、フランソワ・シモン著『パリのお馬鹿な大喰らい』(いずれも中央公論新社)、著書に『パリを自転車で走ろう』(グラフィック社)など。食に関わるさまざまなジャンルの人々を日仏で繋ぐ、バイリンガルのウェブマガジン「食会」主宰。
食会 http://shoku-e.com/

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文=伊藤文