季節を味わう、新井旅館の客室

 客室となっている8棟の内の7棟が有形文化財に登録されている「新井旅館」。それぞれに素晴らしい魅力があるため、どの部屋に宿泊するか迷ってしまいます。

 「桐の棟」は、華の池に張り出した水上の建物。四季折々の中庭を楽しむことができ、その魅力的な部屋は泉鏡花の小説にも登場します。

 桂川に平行して建てられている「花の棟」では、岡本綺堂が修禅寺物語を執筆。人気の観光地「竹林の小径」を望み、人々が桂橋を行き交う日本らしい風情を楽しめます。

特別室「吉野の棟」の客室は贅沢な造りでまるで邸宅のよう

 今回宿泊した「吉野の棟」の「山吹」は、主室のほか、広縁、化粧の間、踏込の間、前室、天然温泉の内風呂がある、まるで邸宅のような造り。

 建物は日本の歴史に造詣が深く、新井旅館と特に縁のある安田靫彦が設計。高浜虚子などがこの棟で過ごしました。

 清流桂川の瀬鳴りを楽しみながら、竹林の小径を独り占めする贅沢を堪能できます。

 客室では、9代目松本幸四郎(2代目松本白鸚)にちなんだ新井旅館の銘菓「幸四郎」をいただきます。ほんのり広がる芋の優しい甘さは、旅の疲れを癒してくれるよう。

 それぞれの客室には新井旅館ゆかりの文人墨客の作品が。客室内のあちらこちらに新井旅館が育んできた文化や芸術が散りばめられているのです。

 そんな文化財の宿で、広縁の椅子に腰掛けて、ゆっくりと読書を楽しむのも贅沢。この宿で書かれた長編「金色夜叉」(尾崎紅葉)をじっくりと読むのはいかが。

 夜になると竹林の小径がライトアップされます。昼とはまた違う魅力を見せる幻想的な彩りに、思わず感嘆のため息が。

2023.05.15(月)
文・撮影=神谷加奈子