登場する人が感じている孤独は様々だが、寺地さんはそのすべてに寄り添うように、心が軽くなる瞬間を掬いとる。表題作は、新しい街に馴染めず毎日のように博物館を訪れる少年が、同じく博物館の常連の男性と、心を通わせるひと時を描いた。

「この話は、最後どうなるのか自分でもわからないまま書いたのですが、いいラストになったと思います。一人でいることも、誰かと仲良くなりたいと思うことも、どちらも否定しない。そんな関係を描きたかったんです」

 中学生の少女に「きみ」と語りかけるように書かれる「深く息を吸って、」は、自身のエッセイが元になったという。

「自分の中で一番大切な記憶について書いたエッセイでした。十代の頃、リヴァー・フェニックスに憧れていたのですが、『付き合えるわけでもないのに』とからかわれて傷つきました。“推し”という言葉が生まれる以前は、憧れる気持ちが全て恋愛感情に結び付けられがちで、窮屈だったなと思います。

 彼が出ている映画のチラシを見ながらどんな内容か想像していたというのも実話です。私は35歳で小説を書き始めたのですが、それをコンプレックスに感じていて。書き続けてきた年月の短さに引け目を感じるというか……。でも、このエッセイを読んだ編集者から、『たとえ文字にしなくても、チラシから物語を想像するのは物語を編んでいたということですね』と言われて、嬉しかったですね。

 他の短篇が百人に一人に届くとしたら、この短篇は千人に一人にしか届かないかもしれない。でも、届く人に届いたらいいなと思っています」


てらちはるな 1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年、『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。 20年、『夜が暗いとはかぎらない』が山本周五郎賞候補作に。令和2年度 「咲くやこの花賞」 (文芸・ その他部門) 受賞。21年『水を縫う』が吉川英治文学新人賞の候補作となり、河合隼雄物語賞を受賞。『大人は泣かないと思っていた』『雨夜の星たち』『ガラスの海を渡る舟』 など著書多数。


(「オール讀物」3・4月合併号より)

オール讀物2022年3・4月合併号 (直木賞発表)

定価 1,200円(税込)
文藝春秋
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2023.04.05(水)
文=「オール讀物」編集部