めったに見られない‟島渡り”をするシカがいる?

 そんなケラマ諸島の有人島4つの中でも、今回の阿嘉島は南洋の自然の濃度をより高く感じます。

 周囲約12キロの阿嘉島のうち、人口300人足らずの島民のほとんどが暮らすのは、船が到着する阿嘉港周辺。碁盤の目のように道がのびる集落には、よろずやはあってもコンビニはなく、小さな給油所はあっても信号はありません。島内の移動はもっぱらレンタル自転車か、レンタルバイク。

 メインビーチは島の北東に位置するニシバマ。西ではないのに“ニシ”と名付けられているのは、沖縄の方言で東西南北をそれぞれアガリ、イリ、ハイ、ニシと言うから。波照間の北西にあるビーチをニシ浜と呼ぶのと一緒ですね。

 ニシバマは約1キロの白砂ビーチが続き、中央付近に海を一望できる展望デッキが築かれています。ここから海を眺めると、青が塗り重ねられた浅瀬の先に、嘉比島、安慶名敷(あげなしく)島、安室島が浮かび、その奥に大きな座間味島が控えています。

 穴場好きには、島の西側のクシバルビーチが好評。中岳を越える、アップダウンの激しい道を行くこと約5キロ。徒歩では約1時間半、自転車でもかなりキツい道のりです。そのため訪れる人も少なく、粗削りな自然美が魅力です。

 また、目覚めて朝一番に訪れるのにも、一日の終わりを迎えるのにも、気軽に訪れることができるのが集落前にある前浜(メーヌハマ)。

 前浜にはテーブル&ベンチも設置されているので、海を眺めるのに好都合。ある日、ここでお弁当を食べていたら、ガサゴソと低木の茂みから物音が。顔をふっとあげた瞬間、目が合いました。ケラマジカです。

 ニホンジカよりも小型でツノが短く、くりくりの大きな目が印象的。栗色のボディにハート形のお尻だけが真っ白なのもキュートです。

 300年前に鹿児島から沖縄の久場島へ移入され、以来、南の島の環境に適応してきたケラマジカ。日本国内で最南限に生息する野生のシカで、国指定の天然記念物(屋嘉比島、慶留間島に生息するケラマジカのみ)でもあります。

 島の人に聞くと、子供の頃は夜行性のケラマジカを観察しに、夜の山に登ったこともあったとか。それが今は集落へ下りてくるようになり、人への警戒心も薄れてきつつあるもよう。おまけに植木の新芽や農作物を食べてしまうので、島民にとっては害獣である一面も。

 隣の慶留間島での縄張り争いに負けたオスのケラマジカが、阿嘉島へと海を泳いで渡る“島渡り”を行うこともあるとか。繁殖シーズンには運がよければ、ケラマジカの島渡りが見られるかも(めったに見られないようではありますが……)!?

2023.03.11(土)
文・撮影=古関千恵子