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「幸せってなんだっけ」で始まった幻のネーム

おかざき 不妊治療はこれからも技術がどんどん進み、それを社会がどう受け止めるか。法律の問題や倫理的な問題、個々の価値観や宗教観も絡んで、ますます複雑になると思います。そう考えると、あらゆる技術が常に過渡期にあると思うのですが、でも、私は、すべての技術は人が幸せになるためにあるんだと思っているんです。

 実は、『胚培養士ミズイロ』の第一話のネーム、当初は、「幸せってなんだっけ」というモノローグで始まっていたんです。ボツになったんですけどね。

 幸せの価値観ってそれぞれですよね。でも、すべての技術って、人が幸せになるためにずっとずっとあるものだと思うんです。きっと、この漫画も、たとえば3年後に読んだら、1話や2話がすごく古く感じるぐらい、不妊治療の技術は進むと思います。その間、きっと家族観も変わるでしょう。でも変わりゆく家族観に対応するために、生殖医療があるんだと思います。

石川 不妊治療は、決して夢の治療ではないし、治療を受けることがすべてとは思いません。それに患者さんは妊娠9~10週でクリニックを卒業していかれますが、そこがゴールではなく、出産してからが本当のスタートです。

 でも、不妊治療を二人で乗り越えたという経験は、その後の育児にきっと役に立つはずなんです。もし、お子さんが欲しいと希望するご夫婦がいて、不妊治療が必要であれば、医療技術は非常に進んでいるし、治療の選択肢もたくさんあります。僕らも、患者さんの希望を叶えようと、日々歯を食いしばってがんばっています。そして、そんな想いを、『胚培養士ミズイロ』では丁寧に描いて頂きました。不妊治療を前向きに捉えてもらい、望む幸せのために、僕たちと一緒に歩んでもらえたらと思っています。

おかざき そのうち、うんとうんと巻が進んだら、「幸せってなんだろう」という、人間の根源的な問いにぶち当たる不妊治療中の患者さんを、描くことになるんだろうと思っています。これから話がどう進んでいくのか、私自身楽しみです。

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おかざき真里(おかざき・まり)

大手広告代理店で働いていた1994年に漫画家デビュー。以来、数多くの作品を発表し、幅広い世代の女性から絶大な支持を受けている。広告代理店で働く主人公の仕事や恋愛を描いた代表作、『サプリ』は2006年にテレビドラマ化された。3人の子の母。

石川智基(いしかわ・とももと)

神戸大学医学部卒業後、同大医学部腎泌尿器科に入局。アメリカやオーストラリアで男性不妊の研究や診療に従事し、2013年にリプロダクションクリニック大阪、2017年にリプロダクションクリニック東京を開院。日本の男性不妊治療のトップランナーであり、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro TESE)の手術は国内で最多の実績を持つ。『胚培養士ミズイロ』の医療監修者。

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次の話を読む【マンガ】「胚培養士ミズイロ」 自らの手で精子と卵子を受精させ、 小さな命を導く、不妊治療の最前線

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2023.01.30(月)
文=内田朋子