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「語らないこと」に、山田邦子だけが活躍できた理由があった

 ハラスメントの概念もあやふやだった時代に、女性芸人が一人。きっと辛い経験をしてきたに違いない、今だから話せる恨みつらみがあるに違いないと思っていた。しかし山田邦子のインタビューは驚くほど飄々としていて「性格的にほんとにおっちょこちょいなのと、鈍感なので。たぶんいじめられてたんだと思いますけど、当時は気づいていませんでした」と明るく笑う。彼女が「語らないこと」の中に、山田邦子だけが活躍できた理由があったのだ。

 本当に「気づかなかった」のかどうかは彼女しか知り得ない。しかし当時は「気づかない」ことが大事だったのだ。鈍感力が、山田邦子をずっと山田邦子のままでいさせた。誰かに潰されることなく、自分で潰れることもなく。女性芸人が語ることと同じくらい、語らないことにも重要な意味があること、そしてインタビュアーが“答え”を欲しがった瞬間にこのインタビューは無意味なものになることを、山田は初回にして教えてくれた。

 彼女の鈍感力は、山田邦子という芸人をテレビのてっぺんまで押し上げた。芸人のてっぺんの先には何があるのだろう。女性芸人の上がりはどこにあるのか。「ゴールはたけしさんだってないでしょうから。(中略)商売だから、これ職業だから。何をやりたいかというのの前にまず『仕事』なんですよ」。

 しかし、ビートたけしはたけし軍団を作り、ダウンタウンも周囲をお気に入りの芸人で固める。トップを獲った男性芸人の多くが、その立ち位置を盤石なものにする組織を作っていく。さらに映画を撮る、小説を書くなど、お笑い以外の文化的なジャンルに進出し「ただの芸人」から抜け出そうとする。それは笑いだけで何十年も勝負し続けることの難しさを示しているようにも思う。いつ価値観の革命が起きるか分からない世界では、早めに足場を固めるに限ると男性芸人は経験的に気づいているし、それを可能にする仲間(男性芸人)はたくさんいるのだ。

2022.11.09(水)
文=西澤千央