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最初はラブコメディの企画から始まった

――お2人のタッグの実現はいち視聴者としてもとてもうれしいです。

渡辺 その後もいろいろな機会で会うようになり、島根県にある私の仕事場まで来てくださることも何度もありました。この頃は郊外に住んで低価格帯アパレルショップの洋服を着ているような主婦にウケるラブコメをつくるようオーダーがあったようで、ラブコメ路線の話もしていました。でも、どこかお互い乗り切れないところがあったんですよね。

――テレビ番組のターゲット設定というと、F1層(20~34歳の女性)、F2層(35〜49歳の女性)など、もっとざっくりしたものなのかと思っていました。すごいオーダーですね。

渡辺 しかも、佐野さん越しに聞こえてくる上司の言葉というのが面白くて。「お前はとにかく、伊勢丹で物を買うような人に向けて作品をつくろうとしている」という謎の説教をされたようなんです。そんなことを言われながらものづくりをしているのかと不憫に思えてきました。

――意図はないとは思いたいですが、ターゲット設定も説教も、なんだか視聴者のことをバカにしているようにも聞こえますよね。

渡辺 視聴者の知性が信じられていないですよね。私はフリーランスの脚本家なので自由にやれていますが、大企業の組織の中で働くということがいかに大変かというのを察しました。そもそも佐野さんという人は上からの圧に耐えられるようなタイプではなく、社内政治にも不向きな人間なのだと思います。出会ったときから“狭い檻に入れられて、尻尾を垂れてる柴犬”みたいなイメージがずっとあった理由がわかったような気がしました。この人はきっと解き放ったらどこまでも走っていくようなエンジンを積んでいるのだけれども、今は檻の中でしゅんとなっている。だからこそ、自由に駆け回る姿をみたいと思ったんですよね。それからはより佐野さんに対する興味が湧きました。

――佐野さんといえば泣く子も黙る名プロデューサーという印象を勝手に抱いていたので、その当時の様子は意外でした。

渡辺 それに「一体自分は、本当は何をつくりたかったのか」という、つくり手ならキャリアのどこかで誰しもが迷う命題に直面していたのだと思います。それがわかったので私はいろんな方向から佐野さんをつついてみました。

佐野 「カルテット」(2017年放送)をつくっている真裏でそれがあったんですよ。2017年の初めは軽井沢と島根をわりと行ったり来たりしていました。ある日は坂元裕二さんに怒られて、その翌日は渡辺あやさんに怒られる。本当にパンクしそうでしたね(笑)。

2022.10.24(月)
文=綿貫大介