極めて贅沢で感動的な“音楽を目的とした旅”
そもそも音楽を目的とした旅は極めて贅沢で感動的で、旅の終わりにも喪失感がない、不思議な体験。
その快楽を知ってからは音楽の旅ばかりしていた自分が、よもや森谷さんの出演を知らずにいたとは! でも今振り返ってみても、“夜の女王”に最適な豊満な欧米歌手たちにも決して負けない強烈な高音を発し、最大の見せ場を作り喝采を浴びていた。
彼女は今年5月にもドレスデンのゼンパーオーパーで「蝶々夫人」のタイトルロールを務め、コロナ禍でなければ私もドイツの旅を企画していただろう。目の肥えた海外のオペラファンがこの人をどう見るのかも、肌で感じたいから。
正直オペラばかりは海外で観ると緊迫感が違う。
悠に5時間を超えるワーグナーの楽劇では、私など2、3度熟睡してしまうが、70代と思しき隣の席のマダムはドレスで着飾り背筋を伸ばしたまま5時間集中し続け、文化と歴史の違いを見せつけるのだ。
だから本場で成功した日本人歌手の勇姿は苛烈な努力が忍ばれ、余計に胸に熱く沁み入るのである。泣かせのオペラではもう滂沱の涙。かくして音楽の旅は心が腫れるほどエキサイティング。ぜひその悦楽へ!
森谷真理(もりや・まり)さん
ソプラノ歌手。栃木県出身、武蔵野音楽大学卒業、同大学院およびN.Y.のマネス音楽院修了。2006年、「魔笛」“夜の女王”役でメトロポリタン歌劇場デビューするなど、欧米で活躍。2010~2014年はリンツ州立劇場専属歌手として数々の作品に出演。2019年「天皇陛下御即位を祝う国民祭典」にて国歌独唱を務めた。2022年は10月、新国立劇場「ジュリオ・チェーザレ」、11月、日生劇場「ランメルモールのルチア」にタイトルロールで出演予定。
齋藤 薫
美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌で数多くの連載を持ち、化粧品の解説から開発、女性の生き方にまで及ぶあらゆる美を追求。本連載では、旅先で出合った出来事から、姿勢や心持ちの美しさについて綴る。
Column
さまざまな女性誌で活躍する美容ジャーナリストの齋藤薫さんが、旅の中で出会った“美”をきっかけに感じたことを綴ったエッセイ。
文=齋藤 薫