東北に色白で肌がキメ細かい人が多いとされるのは、日照時間が短く、湿度が高いから。
でもそれだけではない。生活習慣から得られた後天的な“肌の遺伝子”も、どこかの時点から東北の人々に受け継がれてきたのではないか。
今、地域と美の間に新しい関係が生まれている。これまでのご当地コスメとは異なり、その土地土地の風土が美の創造主となっているのだ。注目の地は東北。深い深い森の中に思いがけない美の発露があった。
一方で、エイジングケアの世界でも「エピジェネティクス」がにわかに大きなテーマとなってきている。それは“環境によって遺伝情報が後天的にも変化すること”。
一卵性双生児は全く同じ遺伝子を持って生まれるにもかかわらず、別々の環境で育てられた場合、成人した時には見た目にも双子とは分からないほど異なる特徴を持つことがある。しかもこの変化の一部は、次世代へも遺伝することが解明されているのだ。
また最近の研究で、遺伝情報を変化させる要因には、環境汚染や社会の変化、食生活また心理的な変化まで、一人一人を取り巻くものほぼ全てが関わることも、明らかになった。
肌は、気候が作るもう一つの特産物と言われるほど地域差があるのはもはや常識。特に、秋田に代表される東北に肌がキメ細かく色白の人が多いのは、日照時間が短く、同時に湿度が高いという2つの要因が関わっていることも解っていた。
でも実際にはそれだけじゃない、その土地特有の水や食、生活習慣までが肌質に影響を与えていて、もともと後天的なものだけに、どこかの時点から東北の人々がエピジェネティクスによって美肌を受け継いできたのではないかとも考えられる。
そこで改めて注目されたのが、美肌を育む風土。それを象徴するのが、秋田県・白神山地の麓に広大な農地と研究施設を一から構築してきたアルビオン白神研究所生まれの化粧液、フローラドリップだった。まさしくご当地コスメとは根本的に違う、秋田の風土を科学的に再現した1本だ。
秋田県と青森県にまたがる約13万ヘクタールの世界遺産「白神山地」は、8,000年以上前に形成された原生のブナ林が最終氷期の時代も生き残り、ほとんど人の手が加えられずに自然の生態系を保ち続けている奇跡の地。他のブナ林に比べ植物の種類は格段に多く、想像を絶する植物と微生物の生命活動による天然の発酵工場でもあるのだ。
まさに森の神がいると言われる所以。その白神で無農薬栽培された植物を厳選、一方で100年前から発酵菌を扱う老舗、秋田今野商店による稀少な純白麹「しらかみ」を用いて“計画発酵”に挑み、実に7,800種類の酵素による途方もない美肌効果を引き出すことに成功している。
そもそも日本の食文化の大きな柱でもある“発酵”。特に寒冷地では長い冬のために発酵食品が独自の進化を遂げており、秋田にもハタハタ寿司、しょっつる鍋など発酵が鍵の郷土料理があるが、今、美容の世界でも発酵が改めて注目を浴びているのは、ロングセラーには発酵を主役とするものが目立って多く、最新の科学も追いつけない底知れない効果があることに、コスメ界が気づき始めたから。まさに神秘的でもある風土そのものが秋田を「米どころ」ならぬ「美肌どころ」にしたのである。
一方、岩手県の森林との交わりから、従来のオーガニックとは違う方法で、自然を丸ごと形にしたのが「樹木との共生」をテーマに掲げた資生堂のスキン&マインドケアブランド「BAUM」(バウム)。
“森の中を歩くリラクセーション”森林浴を化粧品で再現、鍵となるのは樹木が放つフィトンチッドという揮発性の殺菌成分で、うっとり芳しい香りが深いリラックス状態に導くのだ。
触れるだけでも森林浴の癒やし効果が得られることから、ナラの木をそのまま容器に使い、中身は詰め替え対応にして、まさに自分の木を磨き育てていく感覚の新しいサステナブル提案。
さらには“自然界にもらった恵みは自然界に還す”との発想のもと、岩手県盛岡に「BAUMオークの森」を作り、ナラの植樹活動を本格的に開始した。
かくして東北の風土や世界有数の原生林が、美の発露となる事実がここに来て改めて浮き彫りになっている。風雪に磨かれし美しさの産地、そうも言えるのだろうか。
齋藤 薫(さいとう かおる)
美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌で数多くの連載を持ち、化粧品の解説から開発、女性の生き方にまで及ぶあらゆる美を追求。エッセイに込められた指摘は的確で絶大なる定評がある。この連載では第1特集で取材した国の美について鋭い視点で語る。各国の美意識がいかに形成されたのか、旅する際のもうひとつの楽しみとして探っていく。
Column
齋藤薫さんは、女性誌で数多くの連載を持ち、化粧品の解説から開発、女性に生き方に及ぶあらゆる美を追求している。この連載では、CREA Travellerが特集において取材した国の美について鋭い視点で語っていく。
Text=Kaoru Saito