ライフスタイルブランド「momiji」と「生きる」ことについて

――ご自身のお話も伺いたいのですが、松山さんは、今年、廃棄される獣皮のアップサイクルを目的とするライフスタイルブランド「momiji」を立ち上げました。

 はい。シカやクマ、イノシシなどの農地を荒らす野生鳥獣の皮はこれまで捨てられていたんです。その皮を「タンナー」という、皮をなめして、革にする職人さんに頼み、加工して将来販売しようと準備しています。

――そういう生命の循環について、昔から意識されていたのですか?

 そうですね……。物をそんなにたくさん持たなくてもいいんじゃないかと、一時期捨てていた時期があったんですね。ところが田舎に住むようになり、ハンティングに出会い、鹿の肉を食べました。解体もすべて自分たちでやり、僕は皮剥ぎ担当でした。肉はほぼ全部使うのに、皮は利用価値がないと、捨てられていたんです。なぜ皮を使わないのか、地元のハンターさんに聞いたら、使いたくても、毛皮も良くないし、なめしたり製品化にするにはお金がかかるから、個人のハンターには無理なんだと言われました。

 でも、僕は無駄にしたくなかったので、個人的にタンナーさんになめしをお願いしました。そうして、戻ってきた革がいままで触ったことのないような柔らかさだったんです。生きた鹿を仕留めて食べたのと同じ感動を覚えました。これも命だと気づいたんです。大昔の人は、皮も衣料や防寒具にして活用していましたよね? 命に感謝をし、ちゃんと循環させている。サステイナブルなんです。

――なるほど。

 ただ、いまは革に代わる軽くて安い素材が作られているので、わざわざ天然の皮を使わなくてよくなった。でも、それらは、地下資源を使って作るので、無限に作れるわけではありません。資源が底をついたころには、皮をなめす職人がいなくなり、元には戻れなくなる。

 将来のリスクを考えると、日本にタンナーは必要だと僕は思います。ただ、お金はかかる。どうやって破棄される皮を無駄なく使い、流通させるか。そもそも獣皮はサステイナブルだということも世間では理解されていないので。

――そうして命の循環のなかに身を置くと、自分の存在も肯定できるようになるのではないでしょうか。消費するだけでは、お金がないと社会に参画できなくて孤立し、ハイツムコリッタに入りたての山田のように、どこにもつながれない気持ちになってしまう気がします。

 そうですね。お金に振り回されると、どうしても幸せにはなりづらいですよね。いくらたくさん持っていても、失うのが怖くなるだろうし、お金が一番の価値基準になってしまうとキツイ。自分の働いた労働力を何に換えるか。本当はお金以外にもいろんな選択肢があるはずなんです。そこをもう少し考えていきたいなと思います。田舎で生活をしていると、土地のみなさんが「足るを知る」という感覚を共通認識として持っている感じがします。たくさん持たなくても十分満たされるんですよね。

――そうして田舎で充足した生活をしていると、都会で俳優の仕事をしたくなくなりはしませんか?

 俳優は、いろんなきっかけを僕にくれるのでやっぱり大事な仕事なんです。momijiの活動を続けていく上でも。だから、バランス良く働きたいですね。田舎暮らしも、俳優の道楽でやっているのでは、地方移住を考える人たちの何のヒントにもなりません。田舎でも都会でも仕事ができる、何本もの柱を持つことが、これからの生き方にはすごく大事なんじゃないかなと僕は思っています。

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松山ケンイチ(まつやま・けんいち)

1985年生まれ、青森県出身。2002年ドラマ『ごくせん』(NTV)で俳優デビュー。04年『ウイニング・パス』にて映画初主演。12年にはNHK大河ドラマ「平清盛」で主演した。16年に映画『聖の青春』で第40回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、第59回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞。最近の主な出演映画に『怒り』(16年)、『BLUE /ブルー』(21年)、『ノイズ』、『大河への道』(ともに22年)、ドラマに『日本沈没―希望のひとー』(21年 TBS)などがある。

映画『川っぺりムコリッタ』

北陸の名もなき町の「イカの塩辛」工場で働き始めた山田(松山ケンイチ)。築50年のアパート「ハイツムコリッタ」に引っ越し、誰とも関わりを持たないことを心に決め、孤独ながらも一人静かに暮らすつもりでいた。ところが、隣人の島田(ムロツヨシ)がいきなり「風呂に入らせてくれ」と懇願してきた……。

監督・脚本:荻上直子
原作:荻上直子『川っぺりムコリッタ』(講談社文庫)
出演:松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆
配給:KADOKAWA
9月16日より公開中
https://kawa-movie.jp/

2022.09.16(金)
文=黒瀬朋子
撮影=深野未季
ヘアメイク=勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト=五十嵐堂寿