高度3500メートル、モライ遺跡の隣に建つ研究所兼レストラン「MIL」

 何がサスティナブルであり、フードシステム全体にとって良い影響を与えるものなのかを見極め、後の世代・世界につなげるという、マテルの壮大なミッション。その角度を上げるため、2017年に誕生したのが「MIL(ミル)」です。それはアンデス山脈のクスコ(インカ帝国の首都)、モライ遺跡を見下ろす地にあり、マテルの調査拠点となる研究所と、高度3500メートルの生態系を体験できるレストランを併設した施設です。

 モライとは、ケチュア語で「丸くへこんだ場所」を意味する言葉。いまだ謎の多い遺跡ですが、インカの農業試験場だったという説が濃厚です。段々畑の高度差、円形による日当たりの違いを利用して、異なる条件下で育つ農作物の研究をしていたといわれています。インカの食を支えたこの場所に、ヴィルヒリオシェフがひと目で魅了されたというのも、ある意味当然のことかもしれません。

 ヴィルヒリオシェフも度々「MIL」に滞在し、アンデスに自生する植物や、先住民の歴史や食文化を吸収すべく、リサーチ活動を続けています。

「『MIL』には、カカオの生産と調査に特化した研究室や、発酵食品や蒸留酒に使われる地元の薬用植物のための研究室があります。そこで、先祖の知恵を取り入れた、これまでにないメニューを作り出す実験なども行っています。ここで得た素材や知識は、CentralやMAZなどのメニューにも反映されています」

 「MIL」は、いわゆる“ラグジュアリー”なレストランというわけではありません。華美な装飾のないシンプルで素朴な空間です。だからこそ、窓から見えるアンデスの山や青空に抱かれるような感覚で、そこで育まれた食の世界に没頭できるのです。

 料理に使われる素材はもちろん、アンデスのもの。多種多様な芋や穀物に、それらを使った保存食、薬草、果実、高地で放牧される羊などの肉を使い、アンデスの森、平地、湖など、バラエティ豊かな高度、風景を表現しています。

 「MIL」を訪れたゲストは、アンデスの先住民が案内するボタニカルツアーに参加し、さまざまな植物を見て、当日の料理に使われる素材本来の姿を知ることができます。また、敷地内のフードラボを見学し、マテルが支援する先住民の社会や、プロジェクトについて学ぶことも可能です。それはきっと、生涯一度きりになるであろう、かけがえのない体験。はるばる海を越え、山を越えて行く価値のある唯一無二の場所なのです。

 次回後篇ではいよいよ、ヴィルヒリオシェフとマテルによる最新プロジェクト、レストラン「MAZ」を詳しくご紹介。南米と日本、その自然や生態系に対する好奇心をベースにした、新しいガストロノミー体験とは?

MAZ(マス)

所在地 東京都千代田区紀尾井町1番3号 東京ガーデンテラス紀尾井町3F
電話番号 03-6272-8513
営業時間 17:00~23:00
定休日 火曜日
https://maztokyo.jp/

2022.07.15(金)
取材・文=伊藤由起
コーディネイト・写真協力=江藤詩文