新しい美意識や価値観に触れて心が揺さぶられる、そんな経験を誰もがしたことがあるはず。

 そんな新しい気づきを与えてくれる様々な“美”と触れ合うことのできる個性溢れる宿5軒をご紹介。


「前橋のためのホテル」がアートと建築で町を活性化

◆白井屋ホテル(しろいやほてる)

 絹産業で栄えた群馬・前橋に、創業300年を超える「白井屋旅館」はあった。旅館からホテルへと形態を変えて営業を続けてきたが、年を追うごとに街が衰退し、2008年についに廃業。

 廃墟と化していたこのホテルを、地元前橋の起業家であり、アイウエアブランド「ジンズ」創業者の田中仁氏が、「地元をどうにかしたい」という熱意で、個人の財団を介して建物ごと購入。

 今の白井屋ホテルを誕生させることになる。

 白井屋ホテルは、著名な建築家である藤本壮介が設計を手がけ、杉本博司、宮島達男、レアンドロ・エルリッヒなど内外のアーティストたちが集結して作り上げた、世界でも類を見ないアートデスティネーションである。

 それどころか、アートを鑑賞する場にとどまらずに、前橋の活性化を最大の目的として歩みを進めている。

 「地元の人にとってもひらかれた場所でありたい」という思いから、ホテルのメイン棟「ヘリテージタワー」が面した国道から、新築の「グリーンタワー」を繋ぐ通路「パサージュ」を開放。

 ホテル内のレストラン「ザ・ラウンジ」にも武田鉄平や安東陽子の作品が展示されており、宿泊しなくとも、アートをより身近に感じられる空間になっている。

 フルーツタルト専門店「ザ・パティスリー」やベーカリー「ザ・ベーカリー」が新たにオープンするなど、白井屋ホテルが取り組む街づくりの進化は止まらない。

五感すべてを使ってアートに浸る喜び

 オーナーの田中仁氏が「前橋を活性化するために人を呼べるホテルを作りたい」と願い、まず声をかけたのが、建築家の藤本壮介。

 「彼はもともとあった建物(ヘリテージタワー)を大胆な吹き抜けにし、隣接した土地に、土手をイメージした緑鮮やかな芝生が生い茂る「グリーンタワー」を設計した。

 吹き抜け部分には、レアンドロ・エルリッヒによる光のパイプ《ライティング・パイプ》が張り巡らされている。

 これはかつてこの建物にあったであろう、配管や電線管をイメージしたもの。

 時間によって色調が変わるこの作品を眺めていると、「白井屋旅館」から続く数百年の歴史に思いを馳せることができる。

 白井屋ホテルに訪れたら是非、宿泊して欲しいのが、部屋自体が作品となっている、スペシャルルーム。

 板葺きの技術を使った短冊状の木片が壁面を覆う、ミケーレ・デ・ルッキの部屋や、宿泊客が作品の一部になれる木箱のようなジャスパー・モリソンの部屋など、どれもまるで、貸し切りのアートギャラリー。

 美術館のように、広い空間の白い壁に飾られた作品を鑑賞するのとは違い、リラックスした状態でアートに身を置くことの心地よさを感じることができるだろう。

 芸術に造詣が深くなくても、たとえ作家の名前を誰一人知らなくてもいい。「白井屋ホテル」を訪れるだけで皆、想像力がかきたてられるはずだ。

白井屋ホテル(しろいやほてる)

所在地 群馬県前橋市本町2-2-15
電話番号 027-231-4618
客室数 25室
料金(1室) 33,000円〜
https://www.shiroiya.com/

文=CREA編集部
写真=平松市聖、佐藤 亘