●「中心にごきげんな人がいるだけで、空間は暖かくなってくる」

塩谷 私も、同じ空間を共有する相手が、緊張していない、心から笑っていることに重きを置いているし、「精神をすり減らす人が一人でもいる空間」って少しもラグジュアリーではないと思っている。

龍崎 自分たちが楽しんでいるときに、微妙な思いをしている誰かが同じ空間にいるのは居心地が悪い。少し話を広げると、私は沖縄が大好きなんですけど、一方で行くと申し訳ない気持ちになる自分もいるんですよ。ハワイやフィリピンやグアムもそうですが、こういうリゾート地として開発されているということは、すなわち違う文化圏から植民地的な支配が行われていたことの遺産でもありますし、同時に島嶼部は軍事的拠点にもなりやすいから、悲しい歴史を背負っていることも多い。でも一方で観光産業に地元は支えられていて……。もちろん、どのような土地であれ、さまざまな歴史を抱えての今があるとは思うのですが、願わくば、誰も犠牲にしていない「ギルトフリー」なリゾート地があればいいとよく思うんです。

塩谷 その感覚はとてもよく分かる。逆に、私のなかで、いままで泊まったなかで一番心地良かった宿は、Airbnbで予約したダブリンのマリエさんの家。ホストとして迎えてくれた彼女は私の母と同い年で、とても懐が深くて人情味溢れる人でした。小さな庭の見えるキッチン、古いけどかわいらしい食器と、サクサクとしたクッキー、娘さんの写真などからは、アイルランドの家族が暮らしてきた手触りが感じられて、そこで娘のように面倒もみてくれて。

 中心にごきげんな人がいるだけで、まるで源泉かけ流しのように、その空間は暖かくなってくる。

龍崎 幸せな時間を過ごしてきた人がいて、時間の堆積が感じられる場にこそ本当の居心地の良さはあるんですよね。誰かが愛を持ってつくってきた空間かどうかは、すぐわかりますから。

塩谷 HOTEL SHE,に泊まったお客さんは、翔子ちゃん本人がいなくても、その存在を感じられるってよく言うよね。つまり、つくり手が心から感動したものや考え抜いたことを持ってきている空間には、暖かな手触りがおのずと宿る。

 私はアーティストのアトリエがすごく好きで、美術館で見る以上に、作品をつくっている場に心惹かれます。たとえば、ブルックリンに住んでいるAesther Changという台湾系アメリカ人の友達のアトリエは、置いてあるもの全てに彼女の手触りがあって、椅子とかもけっしてブランドものじゃないけど、そこの空気に馴染んで素敵に見える。

塩谷 あるいは、山口 歴さんというブルックリン在住の人気アーティストのスタジオは、もう前向きなエネルギーで満ち溢れていて。「とにかくカッコいいものがつくりたい、俺は」っていう彼の真っ直ぐな思いと気の良さが、空間にも仲間にも伝わっていて、まるでパワースポットみたい。ニューヨークには日本式の神社はないけど、ここにお参りに行きたいと思ってしまったほど(笑)。

龍崎 すごく素敵ですね。

塩谷 その人のオーラや積み重ねてきた歴史、息遣いって、すごく空間に反映されるもの。モノと過ごしてきた時間が、人気(ひとけ)として宿ってるんですよね。

 私は引っ越しが多くて、その度に部屋を工夫してみているけど、なんだかんだで実家の部屋が一番好き。去年は実家で過ごす時間が長くて、ステイホームの時間を持て余してたんだけど、最初はなんとも言えない実家感溢れる空間で(笑)。「せっかくなら心地良い空間にしよ!」と思って、倉庫中をひっくり返していろんな物を発掘してきて。子どもの時に使っていた椅子や、おじいちゃんが持っていた魚の彫り物の壁掛けとか……それを一つの空間に設えてみたら、不思議となつかしい。新しく買った家具ばかりだと実現できない、ひとけのある空間になったなぁ、と嬉しくなりました。

龍崎 いわゆる実家感丸出しでなく、感性のフィルターによって編集され、家族の歴史と、塩谷さんの美意識が溶け合っている感じがしますね。

 人が積み重ねてきた空間の手触りって、「非効率な時間」から生まれてくるという実感もあって、私“魔女活”をけっこうしてるんですよ。

塩谷 “魔女活”?

龍崎 以前、北海道の層雲峡温泉で、東洋医学をベースとしたリトリートのホテル運営をしていたのがきっかけなんですが、北海道産のプルーンをお酒につけて、お客さんに自家製のお酒を振る舞ったり、3月の雪解けの時期だけ甘くなる白樺の樹液を使ってコーヒーを淹れたり……。その土地にある自然のものをせっせと集めて、手づくりのものでもてなすという、めちゃくちゃ非合理的なことをやっています(笑)。

 経営者なのに何やってるんだと言われそうですが、そういう非効率的な時間を持つことが自分のメンタルにもよく作用している気がします。

塩谷 翔子ちゃんみたいに忙しく働く人にとって、非効率な営みは最高の贅沢だよね。

龍崎 しばらく前に、埼玉県のあるスーパーで「そこらへんの草の天ぷら」というのを販売していて地元で人気というのを知って、最高の贅沢だなと思ったんですよ。私たちの身の回りにある、その土地のものをいただくことが一番の豊かさというか。

塩谷 それってヴァナキュラー(土着の、自然発生的な)なものづくりの精神だよなぁ。すごく好きな在り方。欧米で生活してみて思ったけれど、私の身体はどう頑張っても日本人で、ヨーロッパで硬水を飲めばお腹を壊してしまうけど、逆に欧米人が消化できないワカメを難なく食べられる。「自然」って一見外にあるものというイメージだけど、実は身体の中にも自然はあって、生まれ育った気候風土と深く結びついている。だからこそ、身近なものを生活や食事に活かしたヴァナキュラーな営みに、今すごく関心があるんです。

 “魔女活”でやってることも、翔子ちゃんが目指す「世界中どんな街でもそこにしかできないホテルをつくる」ことにつながってるよね。

龍崎 ちなみに私が目標にしている魔女像は、「千と千尋の神隠し」の湯婆婆。人生の最終目標として、ゴッドマザーみたいな、謎のすごみがあるおばあさんになりたい(笑)。

塩谷 おぉ、既に旅館経営者だから湯婆婆とポジションは被ってるね(笑)。私の将来の夢は、寮母になって若い人たちを暮らしの面から支えること。40代、50代の夢があるから「加齢どん来い!」って気持ち。湯婆婆が目標、ってのもきっと似てるよね(笑)。

龍崎 本当にそう。今日はありがとうございました!

龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ/左)

L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー。1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業した。2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。2021年に「香林居」開業。

塩谷 舞(しおたに・まい/右)

1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジン『SHAKE ART!』を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。

ここじゃない世界に行きたかった


定価 1760円(税込)
文藝春秋
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2022.04.09(土)
文=編集部