「幸福のヤシの木」伝説に守られてきた
スペインの人気ラム酒の世界を体感

旧市街の中心部、シッチェス市役所のすぐそばに建つカサ・バカルディ。1890年に建てられたモデルニスモ様式の建物は、市場として使われていた。テラス席を利用できるのはミュージアムの見学者のみ。

 モヒートやキューバリブレなどのカクテルでもおなじみのスピリッツ「バカルディ」。ラム酒のトップブランドとして世界中で愛飲されていますが、その創業者がスペインのカタルーニャ出身だということはあまり知られていません。

バカルディといえばすぐに思い浮かべるのが、コウモリのエンブレム「バット デバイス」。会社を興したファクンドが、覚えられやすいシンボルマークを考えていたところ、妻のアマリアが蒸留所にコウモリが住み着いているのを発見、家族の団結や富の象徴でもあったこの動物をモチーフにすることを提案した。時代と共にデザインも少しずつ変わってきている。

 実は、このコラムでもご紹介したことのあるバルセロナ近郊の町シッチェスが、後にバカルディ社を創立するファクンド・バカルディ・マッソ氏の生まれ故郷なのです。

 19世紀半ば、シッチェスやその近辺の町々からは、数多くの者が新天地での成功を夢見て西インド諸島に渡っていきました。ワイン商をしていたファクンド・バカルディの父親もその一人で、1830年に家族を伴ってキューバへ移住。当時ファクンドは15才でした。

 それから紆余曲折を経て、32年後の1862年にバカルディ社を創立。以来、それまでにはなかったスムーズな口当たりの洗練されたラム酒として、バカルディの名は世界へと広まっていったのです。

創業者ファクンド・バカルディ・マッソ氏と、妻のアマリア。社の経営は代々バカルディ家が引継ぎ、現在で8代目となる。シッチェスに親族は残っていない。

 そんなバカルディ社の歴史とそのラム酒について詳しく知ることができるのが、出身地シッチェスにある「カサ・バカルディ(Casa Bacardí)」。旧市街にある古い市場跡の建物を利用した体験型ミュージアムです。

資料展示スペース。バカルディ関係の資料のほか、当時のシッチェスの写真や、バカルディ家と同様に西インド諸島方面へ移住して財を成した人々が、帰国して故郷に建てた邸宅の紹介などもある。

 入ってすぐのスペースでは、写真や書類など、当時の資料を展示してバカルディ社の歴史を解説。ちなみに、ヤシの植木が置かれているのは単なる観葉植物としてだけではありません。

 創業時、建てられたばかりの蒸留所の前に一本のヤシの木があったのですが、いつしかそのヤシがある限り会社は安泰という言い伝えが広まりました。1959年にとうとうヤシの木が枯れてしまうと、不思議なことに、その直後にキューバ革命のあおりでバカルディ家の財産は没収され、翌年には会社自体もキューバからの撤退を余儀なくされてしまったのです。

 この言い伝えは今も引き継がれ、世界中のバカルディ社の工場には、必ずヤシの木が一本植えられているのだそうです。

文・撮影=坪田みゆき