世界遺産チレントで出会う未知なるグルメと郷土愛
ナポリを州都とするカンパーニア州サレルノ県の南部に位置するチレント。水牛のモッツァレッラチーズや白イチジクの産地としてご存じの方もいるかもしれません。
美しい海岸線と深い緑を湛えた小高い山々が連なる自然豊かなチレントは、そのほとんどが国立公園に指定されており、古代ギリシャの植民地マグナ・グラエキア時代の貴重な遺跡と共に「パエストゥムとヴェリアの古代遺跡群を含むチレントとディアノ渓谷国立公園とパドゥーラのカルトゥジオ修道院」として、世界遺産にも登録されています。
が、しかし。アクセスがやや不便なこともあり、有名遺跡とビーチ以外はほとんど手つかずのまま。山間に点在する小さな村々は観光地化されておらず、今でもなお、地産地消ののどかな暮らしが営まれています。
地中海式ダイエットを考案したアンセル・キーズ博士が移り住んだのも、チレントの小さな村ピオッピ。いわば地中海式ダイエットの原点でもあり、海と山がもたらす恵みから生まれる伝統的な食材や、四季折々の自然と共存する豊かなライフスタイルを保ち続けるチレントは、今、ナチュラル派のイタリア人の間で話題になっているデスティネーションなのです。
そこで旅情と食欲に誘われるまま……、いざ! 知られざるチレントを訪ねてみました。
旅の拠点となったのは、ナポリからインターシティで約2時間、山岳の中世都市ピショッタの駅から車で約15分の高台に建つアグリツーリズモ「プリスコ」。ハチミツ農園とオリーブ畑を所有する家族経営の宿で、伝統的なチレント家庭料理とチレント産小麦を使った窯焼きピッツァ、そして山の清々しい空気を楽しめます。
案内人兼ピッツァ担当の看板息子のアントニオさんは、「ミラノで約10年、グラフィック・デザイナーとして忙しく働いていたけれど、いつも心にポッカリ穴が開いたようだった」と言います。
「チレントの自然と、祖母の窯焼きパンの香りが懐かしかった」。しかし、戻ってみると窯の火は消え、“あの香り”も失われつつあったそう。そこで彼は、窯に火を入れパンを焼き、ピッツァ職人へと転身。今では、本場ナポリからわざわざ足を運ぶ人もいるほど評判にもなっています。
さて、アグリツーリズモのあるサン・マウロ・ラ・ブルカの隣村、人口370人のサン・ニコラには穴場中の穴場とも言えるチーズの名店がありました。
右:樹齢千年と言われるオリーブの古木が立ち並ぶ畑にて。
文・撮影=岩田デノーラ砂和子