アートという営みを1日でわかるのは、無理!?

 講演のテーマは、「美術(アート)との楽しいつきあい方」。橋本さんのお話はまず、“ART”はいつ、どうやって生まれた? から始まりました。

「石器など、人間の祖先がつくった道具の中で、機能以外の部分が目立ってくるのが、約60万年前。さらに、15万年前、私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスが登場してから、彫像や幾何学模様など、象徴的な意味を盛り込んでいたり、架空の存在が表現されたりするようになります。そして5万年前くらいから、そうした人工物が爆発的に増えていくのです」

 橋本さんはドイツの洞窟で発掘された「ライオンマン」(Löwenmensch)という象牙の彫刻を例に挙げました(プロジェクターに出た写真を見て、お客さんたちから笑いが出ます。ちょっとかわいい、モダンな彫刻風の直立ライオンなのです!)。旧石器時代、3万年前のものとされる遺物です(http://www.loewenmensch.de/でライオンマンの画像が見られます)。

「なんの腹の足しにもならないものをなぜ君たちは作っているんだと(笑)。3万年前ですよ。獲物を狩りにいかなくていいのか。象牙の彫刻は、石でマンモスの牙を彫るんですから、結構手間暇がかかるはず。少なくとも、実生活の役に立つものではない。洞窟壁画もそうですよね。なんの腹の足しにもならない表現を必死でたくさん作ってきた生き物が人類なんです。そういう営みを、1日でわかろうというのは、ちょっと無理がある」

 たしかに!

「今日の(イベントの)タイトル、『1日で(アートが)わかる』とさっき紹介されちゃいましたけど(笑)、1日でできるのは、『そういう入口があるよ』とドアを示すことです。1日で理解できる範囲は微々たるもの。でも、一生飽きずにつきあっていけるのが美術のいいところなので、今日は、一生の最初の1歩目、2歩目になればいいなと思っています」

 まさに! アート初心者向けの講演として理想的なあり方。CREAのアート特集も、その最初の1歩目か2歩目になりたかったんです!

 橋本さんはとてもお話が上手です。独特の、なめらかでわかりやすく、ツッコミも鋭いトーク。声も素敵。お客さんたちも、一緒に聴講していたCREA編集部員たちも聞き惚れていました。

 次回は、「アートと一生つきあうための美術展の見方」についてのお話をレポートします!

2014.07.17(木)
撮影=鈴木七絵