エルメス財団 編『Savoir & Faire 土』(岩波書店) エルメスを母体とするエルメス財団は、芸術作品の創造、技術の伝承、環境保護、社会貢献を柱としている。
エルメス財団 編『Savoir & Faire 土』(岩波書店) エルメスを母体とするエルメス財団は、芸術作品の創造、技術の伝承、環境保護、社会貢献を柱としている。

 エルメス財団が「土」についての本を刊行した。原題に「La Terre」とあるように「土」はフランス語で「terre」(テール)、英語でいえば「earth」、土=大地=地球でもある。

 terreといえば、まさに「TERRE D’HERMES」《テール ドゥ エルメス》という名のエルメスの香水があるけれど、あちらは「エルメスの大地」。こちらは本当に「土」についての一冊。

 エルメス財団は2014年、フランスで「スキル・アカデミー」を設立した。自然素材にまつわるスキル(職人技術や手わざ)の伝承や知識の共有を目指し、自然素材をめぐるワークショップと書籍の刊行を隔年で実施している。これまでのテーマは、木、土、金属、布、ガラス、石……すべて、エルメスのものづくりの素材となっているものだ。

 日本ではスキル・アカデミーは2021年からスタート。日本での書籍は『Savoir & Faire  木』(講談社選書メチエ)に続く2冊目が、この『Savoir & Faire 土』(岩波書店)となる。

  Savoir-faire(サヴォワールフェール)とは、熟練された職人技のこと。1837年に馬具製造のメゾンとして創業して以来、真摯なものづくりを続けるエルメスは、素材をもたらしてくれる自然に敬意を払い、自然素材について「savoir=知る」ことと「faire=作る」ことへの探求を行ってきた。

 ティーカップや皿など、エルメスの美しい磁器も、もちろん土から生まれる。

 この本でもやきもの、釉薬についての歴史や論考の章は厚く、とくに岐阜県瑞浪市でやきもののための陶土づくりを続ける「カネ利陶料」、長崎県佐世保市・三川内(みかわち)の「三川内焼」の3つの窯元のルポルタージュは、やきものに興味がある人ならば、ぜひ読んでおきたい。

 とはいえ、この本がフィーチャーするのは、素材としての「土」だけではない。そもそも大地の土壌がどのようにできるかという地学、生物学的なこと、人が土とどのように生きてきたかという人類史、農業史、建築史、民俗学的なこと、さらには「土」を用いたコンテンポラリーアートの紹介……各ジャンルの専門家による「土」についての本格的なレクチャーが、しかし読みやすくまとまっている。

 「日本語版あとがき」にあるように、〈「土」を巡る各著者の深い知識と経験に基づく論考やインタビュー、写真や作品など〉を、〈章を横断することで形成される地層や断層も本書ならではの愉しみであろう〉。知の「地層や断層」という表現が(「土」だけに!)まさに言い得て妙だ。

 磁器に限らず、エルメスのアイテムはどれも一生ものだけれど、この一冊を読んだら、エルメスの志、つまり素材への洞察の深さとものづくりへの情熱を知り、より尊いものとして愛着がわくのではないだろうか。

 もちろん、知の冒険を愉しめる人へ贈る一冊としても、意義深いギフトとなることは間違いない。

『Savoir & Faire 土』
(サヴォワール・エ・フェール つち)

豊かな「土」を、たとえば花や植物と一緒に贈ってみる……そんなウィットのあるギフトにしてもいいし、「terre」でリンクしてエルメスのフレグランス「TERRE D’HERMES」《テール ドゥ エルメス》と一緒に贈るのもまた一興。
豊かな「土」を、たとえば花や植物と一緒に贈ってみる……そんなウィットのあるギフトにしてもいいし、「terre」でリンクしてエルメスのフレグランス「TERRE D’HERMES」《テール ドゥ エルメス》と一緒に贈るのもまた一興。

編者 エルメス財団
発行 岩波書店
2,700円+税
全国の書店・オンライン書店にて取り扱い中

エルメス スキル・アカデミー
中学生・高校生向け 春のワークショップ
「土に学ぶ、五感で考える」2024年3月24日~3月30日開催

エルメス財団の「スキル・アカデミー」では、「土」をテーマに中学生・高校生向けのワークショップを開催する。
東京大学・田無演習林で実施する「土の中の生き物たちと出会う」(講師:前原忠/森林昆虫生態学者、東京大学大学院助教)、「感触を踊る」(講師:倉田翠/演出家、ダンサー)など、土に多角的にアプローチするプログラムが揃う。

参加応募期間 2024年1月16日(火)~2月18日(日)
抽選結果発表 2024年2月29日(木)
詳細、申込は銀座メゾンエルメス公式サイトより

2023.12.23(土)
文=CREA編集部
写真=釜谷洋史