多くの小説、映画を紹介する稲垣吾郎を見ていてもそうだ。国民的知名度と端正なルックスを持ちつつ、村上春樹をはじめとする多くの作家と対談し交流を持つ彼は、観客として見るともっと文化人然とした自己演出ができそうに思えるのだが、彼はそうした自分を固める権威化を好まず、あえてどこか隙を作るようにフラットにたたずみ、「吾郎ちゃん」として本や映画を紹介する。映画の中の市川がそうであるように、稲垣吾郎は自分を茶化されたり、笑われたりすることを恐れていないように思える。

 この本はね、あの映画は本当に面白いんだよ、そう勧められた作品に夢中になって振り向くと彼はもういないというような、そうした権威的でない語りの中で、彼は今泉監督の『街の上で』を含む多くの作品を語ってきた。

 

『窓辺にて』で今泉監督は、そうした稲垣吾郎の上も下もない批評のあり方を市川というライターの人物像に再構成している。下からの崇拝でも、上からのマウンティングでもなく、対等なフラットな関係の中で、相手に対して慎重に距離を測りながら感想を口にする市川のあり方は、映画の山場で見せる鋭く突き刺すような厳しい批評性も含めて、今泉監督による稲垣吾郎論でもあり、批評についての映画でもあるように見える。

ジャニーズ事務所からの独立という「賭け」に勝った

 草彅剛、香取慎吾、稲垣吾郎の3人がそれぞれの方向で俳優として活躍する「新しい地図」は、無謀とも言われたジャニーズ事務所からの独立という賭けに勝ち、確固たる立場を日本に築きつつある。一方で、岐阜に数十万人を集めた木村拓哉のニュースが語るように、元SMAPの他のメンバーたちの活動も勢いを失わない。

 その人気にもかかわらず、解散コンサートの機会すら与えられず解体された国民的グループはいまだ、芸能界を離れた森且行も含めた六つの物語として観客を惹きつけ続けている。だからこそ、体調不良で1ヶ月の休養をとった中居正広の万全の復帰を望みたい、ひとつのグループ、ひとつのステージなどという夢は望まないまでも、6人がそれぞれの活動で末長く輝き続けてほしいと願うのが正直な思いだ。

2022.11.26(土)
文=CDB