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「誰しもがなり得る人物を描きたかった」

――裕次郎は、妻の日和に対してだけでなく、無神経なところのある人です。監督はなぜそういう人物を主人公にしようと思ったのでしょう? 一方、演じる香取さんは気遣いの人だと思いますが、どのように裕次郎を捉えていましたか?

市井 慎吾さんとも前の取材で話したんですけど、単純に悪い人というより、平凡な人でも、追い詰められると愛情を忘れてしまうというか、薄まってしまうことがある。周りにもよくいるし、自分にもそういう瞬間はあるんですね。そんな誰しもがなり得る人物を描きたかった、というのはあります。

香取 (自分とは)違うんですよね。

市井 香取さんは懐が深い、気遣いの方なので。

香取 そうです、そうなんです。自分とは違うんですよね(笑)。本当にダメな部分があって、そこを面白がりましたね。カッコ悪いんですよ。でもカッコ悪いを、カッコ良い人が演じると、やっぱりカメラに写っているので、いくら演じててもカッコ良くいたいんですよね(笑)。そこを拭い去る作業がすごく楽しかった。

――ダメな男を演じるのが苦痛ではなかったんですね。

香取 どっちかというと楽しかったですね。本当にちょっとしたことなんだけど、お芝居って自分でやっていても、本番の中に偶然みたいなこともいっぱいあるんです。歩いていても、たまたま躓いちゃったらいいのにな、とか毎日思いながらやっているような役でした。そんな偶然の芝居と言うのは、自分だけでは出来ないんだけど、そういうのがあればあるほど今回は良い役というか。例えば、ポケットからスマホを取り出す時にちょっと引っかかるとか、そういうのが欲しかった。だけど、僕はいろんな経験値があるので(取り出すのが)うまいんですよ。そうすると、今のは違うな、と(笑)。それも含めてお芝居なんだけど。

市井 はいはい、わかります。

香取 かといって、わざと引っ掛かるのでもない。

“悪いやつではないけど、ダメなやつ”、似ているのは……

――香取さんの近くにいますか?悪いやつではないのだけど、ダメなやつ。良いやつだけど、無神経というような人。

香取 草彅剛は近い存在ですね。今初めて思ったけど、ちょっと近い(笑)。しょっちゅう、「何やってるの!?」って僕が言いたくなるんだけど、満面の笑みで「えー?」って言いながら、注意されたことにも気づいていない。でも周りが見えてなくて。

――裕次郎も、いいひとですもんね。

香取 だから彼がやったほうが良かったんじゃ(笑)。

市井 後輩の結婚式でメモを忘れたところとか、お芝居ではあっても慎吾さんがこうなってしまった場合として丁寧にやってくださっているから、「わ、ほんまに忘れたんや。なんて格好悪いんだ」っていうふうに見えていて、いいなって思いました。

香取 僕はいい男なんで、裕次郎は本当にダメな男だなと思いました(笑)。人って、言わないとわからない。言葉にするって大事だな、と。僕はいい男なんで、結構言葉にするんですよね。恋人、友達、職場、いろんなところで、「こうしたいんだけど、どう思う?」とか、「今、僕は合ってるかな?」とか、「何か言いたいことある?」とかいっぱい言葉に出すんです。仕事を一緒にしている人たちも、もし何か嫌な思いがありそうなら、その人に聞いたり、声にしないとわからないことの方が多いと僕は思っている。裕次郎の場合は、言葉にしなかったらこうなっちゃう、と言う感じじゃないかな。彼って自分のことしか見えていない感じがするけど、もっと言うと自分のことも見えていない。何も見えていないで生きてる感じがするんですよ(笑)。

市井 ほんと、そう。

香取 監督が僕から怒られているみたい(笑)。

市井 オリジナル作品だから、裕次郎には僕が相当入っていると思うんですよね。だから、あんまり裕次郎を嫌いになれなくて。ダメなのはわかってるんですけど。いや、本当に今、叱られましたね(笑)。

インタビュー【後篇】はこちらから

『犬も食わねどチャーリーは笑う』

2022年9月23日(金・祝)より公開中
TOHOシネマズ 日比谷 ほかにて全国ロードショー

結婚4年目を迎えた田村裕次郎と日和。表向きは仲良し夫婦だが、鈍感夫にイライラする日和は、SNSの「旦那デスノート」に“チャーリー”のペンネームで鬱憤を吐き出していた。ある日、裕次郎は職場での会話から、「旦那デスノート」の存在を知ってしまう。壮大な夫婦喧嘩のゴングが鳴り響く!
出演:香取慎吾、岸井ゆきの、井之脇海、的場浩司、余貴美子ほか
監督・脚本:市井昌秀
配給:キノフィルムズ/木下グループ
https://inu-charlie.jp/

次の話を読む香取慎吾&市井監督インタビュー 「主人公は“ほぼ”当て書き」 二人の意外な本音も【後篇】

2022.09.27(火)
文=石津文子
撮影=佐藤 亘